35 田崎の報告と捜査方針


「義肢医療病院に当たってみたけど、あの殺人鬼が装着していたような器具を扱っている病院は無かった。外国の製品か、それとも新しく開発中の製品かもしれないわね」

 田崎多鶴子は大福を食べながら話を続ける。


「黒田家の資産については、特に気のなることはなかった。五代続く富豪の名門だから、相続を繰り返してきただけ。経営状態も問題ないわ。運営資金は、自己資産で賄っているし、これ以上経営を拡大していく、野望も持っていないようだし」

 

 いまだ奇怪な襲撃者からも、黒田家からも、突破口を見出せずにいる。

 

 私と田崎は、洋館の二階、寝室にいる。

 階下からは、工事の音が絶え間なく聞こえてくる。業者の報告では、完成まであと三週間ほどかかるという。

 

 北見国道襲撃事件から三日経っていた。

 二階の工事は終わり、寝室にベッドを三台運びこんだ。私と田崎と狩原のベッドだ。昨夜、佐呂間の実家から、この洋館に引っ越してきたばかりだ。


 何故死神は乳児美月を保護したのか。その謎が解けない。死神を問い質すしか方法がないのか。

 結論から言うと、母を探し出し、アルハモアナを死神に渡してしまえば、美月は両親のもとに帰されるのだ。この事件、それだけでいいのだろうか。もっと根が深い気がする。

 

 もう一度、死神に会わねばならない。

 どうしたら会える。

 おそらく、函館大沼の修道院からは、とうに姿を消しているだろう。私は茂尻山荘での記憶を辿った。あの時、死神はあの山荘にいた。今も、いるかもしれない。

 そして、一つ不可解なことが。何故死神はイヌを殺したのであろうか。死神の力からすると、犬一匹黙らせることなど容易いことだろう。イヌ、狼犬、名前はたしかブルース。


「マヨちゃん、あなたのお母さん、捜しているんだけど、北海道にはいないわね」田崎がパソコンの画面から私に視線を移して言った。

「警察庁のデーターバンクには、載っていない。次は関東方面を当たってみる。生きていれば、いいんだけど」


 身許不明遺体、身許不明者届、記憶喪失者届、施設収容身許不明者、病院患者身許不明者を中心に、田崎は調査をしている。

 母遠見藍子は、現在五十七歳になっているであろう。

 死神の話では、母の体にはアルハモアナが棲みついているという。間違いなく、どこかで生きているのだ。私はこのことを田崎に伝えたかった。でも、それはできない。死神との信頼が崩れるからだ。


 狩原薫と竹下莉南が階段を上がってきた。

 

「黒川の山荘にあったインゴット、全部で九十九ありました。時価総額でおよそ一億円だそうです」竹下は興奮気味に報告した。

「捜査本部では、黒川への買収資金とみています。それにしても巨額ですね」


「あなたと、班長の服から、何か出た?」

 私は竹下に自分の前の椅子に座るように促しながら訊いた。


 竹下はバックをテーブルに置き、私の前に腰かけると、にっこり笑った。

「でました。アルコール消毒薬、パウダー化粧水と香水。今分析を続けています」

「私も、その服、見てみたいんだけど。大丈夫かな」

「はい。今札幌の科捜研にいっていますけど、間もなく戻ってくると思います」


「マヨ、これから、どうする?」

 狩原がテーブルの椅子に座りながら私の顔を窺う。

「うん……」

 私は腕を組んで空(くう)を睨む。

「殺人鬼の捜査も行き詰っているんだよね」

 私が尋ねると、狩原も竹下も頷いた。

「まだ、近くにいるかもしれないね。もう一人の検査技師がいるから。それにしても、あの怪物を雇っている人物って、何者なんだろう」

「相当な金持ちです」

 竹下が大福を食べながら言った。


「私、明日、佃課長に報告するため、東京に行ってきます。その帰りに、黒田夫妻の所に寄ってくる。確かめたいことがあるから」

「私も行きましょうか」

 狩原が尋ねた。

「いや、今回は一人で行きます。あなたは、一刻も早く、検査技師山田七郎を探し出し、保護してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る