第四章 

33 襲撃犯蝋人形の怪人は何者か


 大会議室で捜査会議が続いている。

 昨夜は一睡もしていない。体も心も凍りついたままで、私は何も考えることが出来なくなっていた。こんなことは今まで一度もなかった。


 捜査課の刑事一人と容疑者黒川保は、謎の女によって射殺された。今井警部補と竹下莉南、運転手していた刑事の三人が負傷した。幸い三人は大事に至らなかったが、背中に強い打撲を負った竹下だけが、念のため数日入院して検査することになった。


 襲撃犯の武器についての説明がなされていた。

 私は自動小銃と思ったが、正確には軽機関銃に属する武器らしい。回収された弾丸から、日本製のものではなく、米軍の装備品であることが分かった。


 それにしても、襲撃犯は性別を越えて超人的であった。その出で立ちも異常である。蝋人形のごとく化粧したその顔は、素顔を隠すためのものと理解できるが、あまりにも猟奇的である。


 その襲撃犯は忽然と消えてしまった。

 事件直後から緊急封鎖を実施し、車両検問を行った。

 一時間後、バイクが一キロ先の森の中で見つかった。盗難車だった。周辺一帯の捜査を今なお続行中である。


「戸田警視、何かありますか」

 雛壇の私の隣、道警本部から出向いてきた管理官が言った。

「今のところは、なにも……」

 私は空(くう)を見詰めたまま呟く。


 草薙参事官が立ち上がった。

「車、列車、飛行機で逃亡する可能性がある。万全の手配をせよ。それから、もう一人の臨床検査技師山田七郎の確保に全力を上げよ。命を狙われる可能性が高い。一刻も早く保護するのだ」


 捜査会議は解散になった。

 今井警部補が私の前に来て、顔を強張らせたまま言った。

「これから、黒川保の山荘に行きますが、どうされます」

「行きますが、私は竹下に面会してからにします。先に狩原を行かせますので、よろしくお願いします」

「わかりました。山荘でお待ちしています」

 狩原は私に視線を合わせて頷くと、今井と共に会議室を出ていった。


 私は田崎と共に警察病院に行った。

 竹下は検査室の待合室の椅子に一人腰かけていた。

「どう? 痛むの」

 私が尋ねると、彼女は微笑んだ。

「うん、少しね……」

「あの女に、掴まれたとき、何か感じなかった?」

「においがした、微かだけど」

「どんなにおい?」

「アルコール、病院のにおい。消毒薬……」


 私は竹下の両手、肩のにおいを嗅いだ。

 たしかに、アルコール消毒薬のにおいがする。

「班長が、何か言っていませんでしたか。班長も投げ飛ばされたんでしょう」

「何も、言っていなかった」


 竹下は俯くと、吐息をついた。

「体を持ち上げられたとき、なんか、感じたんだよね。ギスギスとした、金属のような、軋みを」

 私は彼女を見詰めたまま、頷いた。

 遠目だったが、それは私も感じていた。あの怪力は人工的なものではないかと。


「もしかして、サイボーグ?」

 田崎が眼を丸くして言った。

「田鶴母さん、義肢医療の病院を捜して、リストを作って。絶対接触してはだめよ。それは、わたしがやるから」

「分かった」

「莉南、今の話、課長に伝えておいて。後で私からも話をするから」

「分かった」


 私は草薙参事官に電話した。

「犯人は、船を使う可能性があります。その辺の手配をお願いします」

 おそらく、襲撃者は飛行機は使わないだろう。金属探知機に引っかかるからだ。

 いや、素材は金属ではないかもしれない。その辺は、田崎に調べてもらうしかない。


 私は田崎と共に養父母の実家に戻り、風呂に入り着替えをした。食料を詰め込んだリュックを背負い、自分のバイクに跨った。

 田崎が見送りに出て来た。

 その時、私は胸騒ぎがした。襲撃犯は私の名を知っていた。当然、この家も知っているであろう。


「田鶴母さん、今から方面本部に行って、今夜はそこで過ごしてちょうだい。私から、課長に連絡しておくから」

「マヨちゃんは、心配性だね」

 田崎は笑った。

「母さん、絶対だよ。これは、上司からの命令だからね」

「わかりました」

 彼女は笑顔で答えた。

「東京の黒田夫妻の話、帰ってから聞くから」

「わかりました」


 私は黒川の山荘に向かった。

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