32 襲撃者は蝋人形のごときサイコパス
容疑者黒川保の山荘を出たのは、午後八時過ぎだった。
家宅捜査令状の裁判官の発布が明日になったので、今日は容疑者を東部方面本部に護送することにしたのだ。山荘には、現場保存のため今村班の川口と逮捕状を持参した刑事の二人が残った。
先導するのは、竹下莉南のバイク。
続く警察車両には、今井と二人の刑事課の刑事、容疑者の黒川保が乗っている。今井は運転席の後部座席で刑事と黒川を挟んで座っている。
その車両から十メートルほど離れて、狩原が運転する軽自動車に、私と田崎が追尾している。
山荘からの林道を抜け、北見国道に出る。
北見の方面本部に向かって疾走する。
十分ほど走ったころ、前方に大型バイクが止まっていた。
片側一車線の反対車線に、黒いスーツを着た細身の人物が立っている。明らかに通行妨害だ。夜中だというのに、黒く丸いサングラスをかけている。不気味だ。その出で立ちはまさに怪人だ。
竹下はバイクを降り、その怪人に近づいていく。
「警察です。バイクを路肩に寄せなさい」
彼女は怪人の前に立って大声を上げた。
その人物は何も言わずに、竹下の両肩を鷲掴みにすると、体ごと持ち上げ、反対車線の路肩に投げ捨てた。
警察車両から、今井が降りてその人物に向かった。
私も、警棒を持つと、車から降りた。
「公務執行妨害、傷害罪で逮捕する」
今井はそう言って怪人の前にたった。怪人は唇に笑みを湛えた。
今井の伸びた拳が、怪人の顔をかすめた。サングラスは飛び、怪人の顔が剥き出しになった。怪人は今井の胸倉を掴み上げ、竹下の上に投げ捨てた。物凄い怪力。
怪人は私に視線を向けた。
フロントライトに照らされたその顔は、真っ白。大きな目には、黒のアイラインが引かれ、青のアイシャドーが塗られている。蛭のように伸びた唇には、真っ赤なルージュ。
その顔は蝋人形。その顔立ちは女、まさに怪人は蝋人形の女。
狩原がわたしの前に立った。
「マヨ、後ろに下がって」
蝋人形の怪人は、バイクから自動小銃を手にすると、銃口を私たちに向けた。
私たちは、路上に伏せた。
怪人の銃口は、警察車両に向かって火を噴いた。
フロントガラスが砕け散り、飛び散る。タイヤは穴だらけになり、沈みこむ。
怪人は自動小銃を抱えたまま、右手にビール瓶を持って、私たちに向かってきた。
ビール瓶を砕け散ったフロントガラスに向かって投げつける。ビール瓶は割れ、中の液体が飛び散る。右手にライターを持つと、火を灯した。
怪人は私を見下ろし、にやりと微笑んだ。私を見据えたまま、ライターを車に向かって投げる。車は爆発し、火の手が上がる。
運転手がドアを開けて転げ落ちてくる。
同時に、警察車両の後部座席から、黒川と刑事が転げ出る。
怪人は二人を追っていく。二人は森に向かって走った。怪人はゆっくり追っていく。
激しい銃声が響き渡った。
怪人は戻って来ると、再び銃口を私たちに向けた。
なす術もない。
「おまえは、とだ、マヤ……」
その声は女の声。
「跪け、両手を頭の後ろで組め」
私は怪人を見詰めたまま、跪き両手を頭の後ろで組む。
怪人は私に銃口を向けたまま後ずさりしていく。
白いブーツ……。
怪人はバイクに跨ると、私に右手を振って、闇の中へ消えていった。
私は仰向けになると、大の字になった。
国道は、車の赤色ランプで埋まっている。通行車線も、反対車線も立ち往生した車で溢れていた。
「マヤ、大丈夫?」
田崎が私の顔を覗き込んだ。
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