8 遭遇した自動車事故は謎だらけ 東京には戻れない
「狩原さん、頼みたいことがあるのですが」
道警東部方面本部に戻る車の中で、私は狩原にスマホの写真を見せた。篠原の家に向かう途中にあった洋館の写真である。二枚目の写真に切りかえる。不動産屋の看板の写真である。
「この不動産屋に当たって、この家のことを調べてください」
「それは、上司としての命令ですか、友人としての依頼ですか」
「勿論、友人としてです」
「分かりました。その画像、私のスマホに送ってください」
狩原は私より九つ年上のお姉さんだ。彼女と付き合うのは、事件解決より面倒くさい。
狩原はスマホの画像を確認した。
「山本不動産屋ですね。所在地は、北見市内」彼女はそう呟くと、すぐ電話をかけた。
「佐呂間町にある建物についてお聞きしたいことがあります。これから伺ってもよろしいですか」
狩原はすぐ電話を切った。
「警視、本部から近いので、すぐ行ってみます」
「お願いします。私は本部庁舎にいますので、報告してください」
「分かりました」
車を運転しているのは、来た時と同じ草野だった。助手席に竹下が乗っている。後部座席にわたしと狩原。草薙参事官は別の車で先に帰庁していた。
北見にある東部方面本部に着いたときには、西の空は暮色が立ち込めていた。今井警部補が、入口でわたしを待っている。狩原はスマホの地図情報を確認すると、足早に去っていった。
「青木夫妻の母親が来ています。警視にお会いしたいと言っておりますが、いかがいたしますか」
「会いましょう」
わたしは即座に返答した。
「会議室でお待ちください。二階になります」
今井はそう言って歩き出す。
「今井さん、気になることがあるのですが」
今井は立ち上まった。
「篠原の陽菜ですが、DNAの親子鑑定をしたほうがいいと思いますが」
今井は振り返った。
「青木夫妻の、心愛である可能性も考えられます」
「そうですね」彼は腕を組んで頷いた。
「課長に判断を仰ぎます」
会議室は三十人ほど収容できる広さだった。
私は椅子に座り、今井から渡されていたA四サイズのペーパー「224号線交通事故関係者」を、ポシェットから出し広げる。
そして目を閉じる。
そうだ、あの時、私を背後から殴った人物の靴が見えたのだ。その時の映像を手繰り寄せる。足元から、上に向かって視界を広げていく。
駄目だ。視界が膝のあたりで止まってしまう。
今考えると、納得のできぬ出来事だった。私が何も感じずに背後から襲われるとは考えられないことだ。と言うことは、暴漢は呼吸をしていなかったことになる。呼吸さえしていれば、わたしは気付くことが出来るからだ。
忍者か、それともゾンビか。
会議室のドアが開き、今井が入ってきた。その後ろから、初老の女が顔を覗かせる。
「戸田警視、お母さんの青木時子さんです」
今井は私の前まで来て、そう紹介した。
「戸田です」私は自己紹介した。
「このたびのことは、おきのどくでした。言葉もありません。非常に残念です」
「息子夫婦と、孫……。いろいろと、有難うございました」
青木は両手で私の手を握った。
「息子さんご夫婦は、こちらにご旅行で来られていたのですか」
「多分、そうだと思います。私は千葉の柏に住んでおりますので、確かなことは分かりませんが」
「そうですか。それでは、お孫さんの顔を見ても分かりませんね」
「はい。まだ六か月ですから」
「いつまで、こちらに居られます?」
「これから、札幌の店に行きます。関係者に連絡しなければなりませんので。明日にでも、店の者と戻ってくるつもりです」
わたしは、心愛が生きているかもしれない、とは言わなかった。事実が科学的に判明してからにした方がいいと思ったからだ。
「戸田警視、DNA鑑定することになりました」
「それはよかった。いつ判明しますか」
「明日か、明後日か、ですね」
「篠原さんの陽菜は、どこにいますか」
「近くの、市立病院です」
「篠原さやか、は?」
「同じ病院です。意識不明の重体です」
「二人に会えますか」
「はい」今井はすぐ頷いた。「警視は今夜東京にお帰りになるのでは」
「帰るのは、明日にします」
私は部下の田崎に電話した。
彼女の渋い顔が浮かんだ。
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