51 蝋人形の怪人を追う
警察病院裏口の車寄せに、私と狩原薫はバイクを停めた。
怪人の血痕の途絶えた場所に腰を落とす。手にミイラアルハモアナの顔写真を手にする。そして念じる。
「ブルースよ、われの元に来たれ」
眼の前にブルースの生霊が現れる。彼は私の目をじっと見つめる。
怪人の血痕のついたハンカチを嗅がせる。
「ブルースよ、この血の主を捜しだすのだ。われとわれの仲間が、おまえを追っていく」
ブルースは裏門から、街路に出て私を振り返った。
「薫姉さん、行くよ」
私はバイクに跨り、エンジンをかけ路上に出て行く。狩原にはブルースの生霊が見えない。だが、無駄な問いかけはしない。警視庁時代こんなことが何度もあって、私の特殊能力を承知しているのだ。
ブルースは三十九号線に出、東に走る。
市街地から農地、原野へと走っていく。留辺蘂に入り、厚和にさしかかる。
なだらかな山間の道、片側一車線を走る。対向車もまばらだ。
ブルースが左側面の森の中へ消えた。
ここより少し先の地点で、私たちは蝋人形の怪人に襲われたのだ。さらにその先、石北峠にさしかかる途上の森の中に、黒川保の別荘がある。
私はスピードを落とし、ブルースを追って森の中に入って行く。白樺が林立する中に、オフロードが森の奥へ続いている。ここは、事件発生後、方面本部が総力を挙げて探索した地域である。
その時には、特段の成果はなかった。
明るい日差しの中で、ブルースが立ち止まった。
私はバイクを降り、その場所まで歩いていく。
森の中に、整地され雑草の茂った空間があり、そこに古びた農場の建築物があった。その母屋の奥に、戸口の開いた納屋が見える。
母屋はトタン葺きの屋根、杉板を張った外壁の建物で、間口は二十メートルほどの平屋である。
建物中央の風防室に向かって、私は警杖を手にし、ゆっくりと歩いていく。狩原が玄関横の窓の外壁に体を寄せ、中を覗いた。
中に入るように、私はブルースに指示した。
彼は壁の中に姿を消していく。
ブルースから何の反応もない。風防室の朽ちて歪んだ引き戸を引いてみる。施錠されていなかった。風防室から玄関、そして土間に入って行く。
区切りの無い、大広間だった。襖や引き戸はすべて外され、北側の壁にたてかけられている。床板が朽ちかけていて、歩くと音を上げる。
何十年も前に放棄されたのであろう。天井には、蜘蛛の巣がいくつもかかっている。
その建物の中央付近で、ブルースが鼻を床板につけながら円形に回り始めた。
ブルースが突然床の中へ消えた。私はその場に行き、床板に手を当てた。私は顔を上げ、狩原を見上げる。
「この下に空洞がある。かなり広い」
「納屋に行ってくる」
狩原はそう言って外に出ていった。
私は床上を歩き回り、地下の感触を確かめていく。
狩原がハンマーを持って戻ってきた。
ハンマーを振り上げ、その床に振り下ろす。朽ちかけていた、床板は下にめり込んだ。何度も何度も打ち下ろす。
割れた板材に両手をかけ、引き揚げる。床板は悲鳴を上げて、反り返った。人ひとり入り込めるほどの
穴が開いた。
狩原は腹這いになって、床下を覗き込んだ。
すぐ顔を上げる。
「何もない……」
「ブールース、入口は、どこだ」
私は地下の暗闇に向かって念じた。
ブルースが私を呼んだ。外からだ。
私は外に飛び出し、ブルースの念力を手繰った。隣の納屋から、ブルースの声が聞こえてくる。
納屋に走り、飛び込んだ。古びた木箱が積みこまれている、壁際に沿って、錆びた農機具が吊るされている。何の変哲もないありふれた納屋である。
ただ、床板に違和感があった。板材はそれ相応に古いものだったが、踏みしめても、軋まないのだ。
私は眉間に指を当て、怪人の香水を探った。
微かに漂ってくる。
それは、木箱の節穴からだった。私はその穴を覗き込む。穴は木箱の中に抜けきっておらず、途中で止まっている。怪人は、この節穴に指を差し込んだ。
私は小枝を持って、その節穴に差し込んだ。
軋んだ鈍い音をたて、床板半畳ほどが跳ね上がってきた。地下に向かって梯子階段が見える。その中は真っ暗である。
梯子の取っ手に赤い付着物が見える。私は小枝でそれを擦り、鼻元に当て匂いを嗅いだ。血痕だった。
私はスマホを出し、安田捜査課長に連絡した。
「襲撃犯の、痕跡を見つけました。武装警察官と、鑑識をお願いします」
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