52 コーヒーの木のある農場



 納屋の現場検証を終えた鑑識官たちは、地下通路を通って母屋の地下室に入る。地下室は四畳半ほどの広さだ。木机が一つあるだけで、他には何も置かれていなかった。

 地下室からさらに地下通路は東に向かって続いている。その通路を黙々と歩く。その長さは二キロほどであった。


 通路の突き当りに、地上に抜ける梯子がかかっている。

 私と狩原は最後から梯子を上る。小屋の中だった。農機具が置かれてある。小屋から出ると一面小麦畑が広がる農場だった。


 遠くに二階建ての大きな建築物が見える。

 武装警官と捜査員たちは、その建物へ向かっている。

 私と狩原は彼らの後に続いていった。

 その建物は、研究室、作業場、事務所を備えた二階建てであった。その建物以外、周辺に建築物が見当たらない。この農場の管理棟に間違いあるまい。

 建物の右後方に、長さ百メートルもありそうな温室群が五棟並んでいる。


 狩原は捜査員たちの後ろから、その建物に入った。

 私は建物を回り込み温室群に向かった。硝子か、アクリルか、透明な素材で包まれた巨大な温室には、青々と茂った植物が茂っている。


 温室の中に、繋ぎの作業服を着た女が一人、植物の剪定をしている。

「今日は」

 私は声をかけ、警察手帳を見せた。

 女は私を見て、小さく頷いた。見た目で三十台半ば、一重の涼しい眼差しの女だった。

「何を育てているのですか」

「コーヒーの木です。品種改良を加え、この地でも育つ種を研究しているんです」

「研究員の方ですか」

「はい」

「まだ出荷はしていないのですね」

 女は微笑んだ。

「現在は観葉植物として、出荷しています。それからチェリービーンズとしても」


「わたし、戸田と申します。よろしければ、お名前をお聞きしてもよろしいですか」

「山口です」


 私の動物的な勘だが、この女とはどこかで会ったことがある。

「警視、戸田警視」

 狩原が建物の方角から私を呼んだ。彼女の後ろに二人の捜査員が立っている。私は山口という女に会釈して、狩原の所に戻った。

「警視、この農場は岩田総合研究所の施設です。繋がりましたね」

 私は頷いて研究員の山口を振り返った。彼女の姿はなかった。


「この農場の現場検証と職員の事情聴取を行います」捜査員が言った。

「間もなく、捜査課長がきます。警視はどうされますか」

「事情聴取には、私も同席させて下さい」

「わかりました」


 広い会議室の壁際の椅子に、私は狩原と共に座っている。

 会議室中央のテーブルに、安田捜査課長と係長三人が、場長と職員二人と向かい合って座っている。


「農場内に小屋がありますが、あれは、何に使っているのですか」

 安田が訊いた。

「あれは、物置小屋です」

「あの小屋から、地下通路が伸びているのをご存じですね」

 場長は、隣の職員と顔を見合わせた。

「そんなはず、ありえませんが」

「最近、頻繁に出入りしている者はいませんでしたか」

「おりませんが……」

 隣の職員が答えた。

「後で、見ていただきます」


 蝋人形の怪人が利用したと思われる日は、いずれも暗くなってからのことだ。農場の職員が見過ごしたということも考えられる。

「この農場は、岩田総合研究所の施設ですね」

「そうです」

「岩田、と、いうのは、あの岩田総一郎さんの、岩田さん?」

「そうです」

「あの大財閥の、岩田総一郎氏、ですか……」

「そうです」


 岩田総一郎なら知っている。元衆議院議員、国家公安委員会委員長の経歴がある。その資産は数兆円、今は一線から引退し、福祉事業に専念していると聞く。毎年莫大な額を福祉施設に寄付をしている。歳はおそらく九十二歳。資産を引き継ぐ後継者はいない。


「この農場では、どのような研究をされているのですか」

「作物の品種改良です。現在力を入れていますのが、コーヒーの木です」

「それでは、この建物の中を案内していただけますか。その後に、あの小屋の中も」

「わかりました」


「よろしいですか」

 私は手を上げた。

 安田課長が振り返る。


「職員名簿を見せて下さい。それから、職員の居住スペースはありますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る