53 佃課長からの帰任命令


 調査の結果、地下通路は十数年前に作られたものと判明した。岩田総合研究所は六年前に開設している。地下通路と研究所の関係を裏付けることはできなかった。


 だが、怪人とこの研究所との関係は否定できない。乳児拉致事件とこの研究所、その所有者岩田総一郎との関係も否定できない。私は捜査本部に、岩田総一郎への任意の事情聴取を提案した。


 その日の夜、私のスマホに警察庁佃課長からメールが入った。北海道の当該任務を解く。直ちに帰任せよ」という簡潔なものだった。

 私は直ちに返信した。「残務整理のため、後二週間の猶予をいただきたい」と。

 結局、当該事件の捜査に加わらないと言う条件で、私の願いは認められた。


 捜査線上に、岩田総一郎の名が浮上したことが関係しているのかもしれない。

 よくある話である。私に与えられた任務は殆ど達成されていない。まして私個人の問題は中途半端のままだ。

 少なくとも、母とアルハモアとの関係、死神とのことは解決しておきたかった。


 二階の寝室でワインを飲みながら、私は事の次第を田崎多鶴子と狩原薫に話した。

 二人は沈黙した。

「二週間の間に、行っておきたいところが二か所ある。一つは函館大沼の修道院、もう一つは軽井沢の遷延性病棟」

「二週間……、先が見えないわね」

 田崎が呟いた。


「あなたたちには、話していなかったけど、大沼の修道院で、死神に会ったの」

 狩原が蒸せてワインを噴き出した。

「ごめん。あなたがたに話しても、信じてもらえないと思ったの。死神が、黒田美月ちゃんを保護していた。誘拐犯から、守るために」

 田崎と狩原が顔を見合わせた。


「よく分からないけど、美月ちゃんは無事で、あの修道院にいるということ?」

「おそらく。死神はこう言ったの。美月を返す条件は、母からアルハモアナを追い出すことだ、と」

 私は腕を組んで天井を見上げた。


「アルハモアナは、私の体に棲みつくことを、母の開放の条件にしている。今は、どうしたらいいか分からないけど、まず死神に会ってみる」

「わたしの考えは、まず、お母さんを救い出すことだね」狩原はなんども頷きながら言った。

「その他のことは、二の次だと思う」


「後、二週間しかない。マヨちゃん、間に合わなかったら、どうするの」

「私の考えは決まっている。警察官を辞職する」

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