第六章

54 小田切拓真を問い詰める



 翌日、洋館のリホームが終わり、工事代金の支払いも終わった。

 

 北海道に来て、二か月が経過した。落葉樹が紅葉し始めている。

 

 その日、小田切拓真が退院し、私の家である洋館に引っ越してきた。一階の階段傍の小部屋が、再び彼の部屋になった。彼が引っ越してくるのを渋ったので、リホームされず昔の小部屋のままである。

 私は彼の歓迎会をすることを提案した。彼との関係は維持していかなければならない。私が東京に戻ったら、この洋館の管理を彼に委ねたいからだ。


 

 歓迎会には、田崎多鶴子、狩原薫が同席した。

 私は彼に訊いておきたいことが、いくつかあった。


「アルハモアナの棺とミイラは、どこにあるの」

 私は端的にそう尋ねた。

「分かりません」

 彼の答えは変わらなかった。


「あなたが、あの日、棺の中にいたというのは、本当なの? 中にはアルハモアナのミイラが入っていたはずだけど。わたしも中にいたはずなんだけど」

「わたしが、あの部屋に行ったとき、棺は空っぽでした」


「分からないことがあるの。何故わたしが金の首飾りを持っていたのか。どうしてあなたが、鉄の斧を持っていたのか」

 彼はワインを飲む手を休めて、私を見詰めた。

「そうよね。どうしたって、おかしいと思うわ」

 田崎が口添えした。


「あなたは、怪人に鉄の斧を奪われた。アルハモアナの話によると、鉄の斧は死神から身を守る働きがあるそうです。それは、あなたも知っていた、棺の碑文で。今はあなたは鉄の斧を持っていない。いつ死神に黄泉の国へ、連れていかれるかもしれない。なぜなら、あなたは死神を見てしまったから。……死神を見たというのは、嘘なんでしょう」


 小田切は大きな吐息をついた。

「私ね、死神と話をしたことがあるの。死神はあなたのことは、一言も話さなかった。死神はあなたのことなど眼中にないのよ」

 私はそう言って、彼の言葉を待った。彼は口を噤んだまま、私を見詰めた。

「あなたは、何を恐れているの」


「いいでしょう。お話しします」彼はそう言うとワインを口に含んでごくりと飲んだ。

「あなたの、育ての親、戸田警察官と約束したからです」


 私は次の言葉を待った。

「あの夜、わたしは遅れてあの会見場に行ったのです。遠見先生から後片付けのために来るように言われていたからです。既に、あなたの養父戸田警察官は、あの現場に来ていました。そして、私に棺の中を見るように言ったのです。棺の中には、口の中を血で染めたミイラが、赤ん坊を抱いていました。この赤ん坊は?と、戸田警察官が訊きました。私は遠見先生の子です、と答えました」

「うん」

 私は頷いた。そして次の言葉を待った。


「赤ん坊を抱き上げた戸田警察官は、硬直し、痙攣を起こしました。そして、こう言ったのです。この子には、なんの罪もない。過酷な運命を背負わせてはならない。だから、このことは誰にも言わないことにしよう、と」


 うん……。私は再び頷いた。

「戸田警察官は、私に尋ねました。この首飾りと斧は、何の意味があるのだ、と。首飾りは体の魔力を失わせるものだ、と。そして鉄の斧は死を遠ざけるものだ、と答えました。彼はわたしに鉄の斧を渡しました。そして、金の首飾りをミイラからとると、あなたの首にかけたのです」


「わたしの父、遠見悟志はどうしていましたか」

「隣室の会見場で、二人の研究員と共に、亡くなられていました。全員外傷はありませんでした」


 そこは、私の記憶と違う。私の記憶では、父と研究員は何者かに襲われたのだ。


「その時、戸田警察官は、とんでもない提案をしたんです。棺とミイラを隠そう、と」

「どうして?」

「その時は、あなたのことを考えたのだと思いました」

「どこに、かくしたんです?」

「戸田警察官の家の、納屋です」

「納屋には棺などなかった……」

「戸田警察官が、他に移したんだと思います」


「父を殺したのは、何者です。死神ですか、アルハモアナですか、それとも黄泉の国から来た異形のものたちですか」

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