55 大沼修道院で死神と会う
私は函館大沼の修道院に再び足を踏み入れた
最初に行った時に出会った乳母も乳児の黒田美月もいなかった。私はベンチに腰を落とし、ブルースに来るように念じる。
ここには死神がいる、とブルースが囁きかけてくる。われは死神の前には姿を現せぬ。そうか、アルハモアナの時と同じか。
私は死神に念じ続ける。一時間経ったが、何の反応もない。ブルースは死神がいると言った。何故出て来ない。
さらに一時間念じ続けた。反応がない。
ブルース、何故死神は現れない、と問いかける。ブルースは答えない。
「黄泉の国より来たりし者よ。私は藤谷朱莉と篠原陽菜、二人の乳児を救い出す術が分からない。アルハモアナはわたしの体に棲みつくことが出来れば母を開放するという。わたしは二人の乳児も母も救うことができない」
私は繰り返し念じ続ける。
「マヨ、おまえは朱莉と陽菜を救い出せる一歩手前まできている。だが用意ではない。おまえは二人のために命を投げ出す覚悟はできているのか」
死神の声がした。
「命を投げ出すというのは、どういうことだ」
「敵はお前の命と乳児二人を交換することを要求してくるだろう」
「どうして、わたしの命が必要なのだ」
「お前が、男から女に変異したからだ。敵はそのメカニズムを調べるつもりだ」
「それなら、アルハモアナに訊いたほうが早いだろう。わたしには分からない」
死神は笑い出した。
「敵は、アルハモアナのことを知らない」
「黄泉の国より来たりし者よ、母からアルハモアナを追い出す方法を教えてくれ」
「それは、アルハモアナに、お前の血を吸わせることだ」
「それはできない、それでは、わたしはアルハモアナになってしまう」
「そうかな? そこが考えのしどころだ。どうだ、一度敵と接触してみたらどうだ。道が開けるかもしれない」
「それはできない。わたしは敵に殺されてしまう」
「お前を殺しはしない。殺してしまえば、お前の持つ謎が解明できなくなってしまう。お前が殺されるのは、その謎が解明された後のことだ」
目の前に死神が現れた。
「マヨ、敵は鉄の斧と金の首飾りを持っている。これは、絶対取り戻さなければならない。これは、お前の使命だ。そして、鉄の斧と金の首飾りを使って、この難局を切り抜けるのだ」
死神は何もかも知っている。
そして死神の言葉は的をついている。
何故敵が幼児を拉致しミトコンドリアDNA試料を採取したのか、私はその理由がまだ分からない。まずそのことを探り当てなければ、前には進めないだろう。
「われが匿っている黒田美月は、おまえに帰してやろう。敵にとって、乳児は既に価値が無くなっているだろうから。ここで、待つがよい。乳母が美月を抱いてくる」
死神の姿が消えた。
私は腕を組んで目を閉じた。
足音が聞こえた。
女が乳児を抱いて歩いてきた。
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