50 岩田総合研究所
「マヨ、マヨちゃん」
目覚めると、目の前に田崎多鶴子の顔があった。
「莉南が来ているよ」
洋館の二階寝室。陽が差し込んでいる。
私はサイドテーブルのデジタル時計を見た。午前十時八分。
病院から狩原薫と共に帰ってきたのは、午前三時を過ぎていた。そのまま寝込んでしまったのだ。隣のベッドの狩原はまだ寝ている。
テレビが昨夜の北見国道での事件を大々的に報道していた。負傷者二十数人以上とテロップが入っている。
竹下がテーブルでコーヒーを飲んでいた。
私はベッドから立ち上がった。
「みんな、無事だった?」
「輸送車両の殆どの者が、負傷していますが、幸い亡くなった者はいませんでした。今井係長が、負傷して入院しています」
私は洗面所に行って、身嗜みを整えた。ズボンを穿き替え、白いシャツを着、ジャケットを羽織る。
「マヨさん、草薙参事官が来ていただきたいと、言っています。昨夜の詳細を訊きたい、と」
「分かった」
私はテーブルの椅子に座り、田崎が用意してくれたトーストを口にし、ミルクを飲んだ。
「海老原は、どうしている?」
「落ち着いています。今は事情聴取の最中だと思います」
「襲撃してきた奴らは、確保出来たのか」
「重体でしたが、なんとか、命は取り留めたようです。確保できたのは、その一人だけです。残りはすべて逃げられました」
「死体も?」
「ありませんでした」
「ドローン基地は、どうなっていた?」
「建物は燃やされていて、人はいなかったそうです」
「そうか…」
「ドローンに装着されていた爆弾を回収しました。高性能で、もしそれが落下されていたら、と考えるとぞっとします」
狩原が起きてきた。
「薫姉さん、出かけるよ」
東部方面本部の会議室に入ると、草薙参事官が捜査課長の安田隆と話していた。
私は昨夜の出来事を詳細に話した。
「事件発生直後から、非常線を張ったのだ。だが、その網に何も引っかからなかった。いったい、どこに消えたのか」
草薙がそう言って吐息をついた。
「この前の、黒川保の時と、同じですね」
安田も口を揃える。
「昨夜、病院を襲った犯人、負傷していると思われますが、捜索はどうなっています」
「血痕が、裏口の車寄せの所で消えていました。車で逃亡したんですね」
安田が答えた。
「非常線、捜索に盲点があるんだと思います。どこかに、盲点が……」
私は二人の顔を交互に伺いながら言った。
「海老原の聴取を続けていますが、今までに分かったことを、整理してみたいと思います」聴取記録をテーブルに置いて、安田は話を続ける。
「海老原正志は。検査センターエヌ・エム・エルの検査責任者です。そして、岩田総合研究所の研究員でもあります。彼の話によれば、岩田総合研究所から、ミトコンドリアの特殊遺伝子試料の採集を指示されていたそうです」
「たしか、北見にも、研究所の施設があったな」
草薙が呟く。
「はい。植物の品質改良を研究する目的で設立された研究所です。温暖化による、植物に対する影響を研究している、と聞いております。今はコーヒ豆の生育環境の調査に力を入れているとか」
「人間のミトコンドリアと植物の品質改良、どんな関係があるんだ」
「岩田研究所を調べる必要がありますね」私は提案した。
「それに、直接担当した検査技師山田七郎の話は出ませんでしたか」
「まだ出ていません」
「山田七郎、消されているかもしれませんね」
「午後から、追及してみます」
「試料提供の報酬については?」
「提供した試料が、特殊ミトコンドリア検体と一致した場合には、その試料の人物の情報と引き換えに、一億円だったそうです」
うん……。黒川保の時と同じだ。
「拉致された藤谷朱莉ちゃんは、それほど価値があったということですね。朱莉ちゃんのミトコンドリアが……」
「はい。ただ、海老原は、そのミトコンドリアが、どうして、それほどの価値があるのか、分からなかったそうです」
私は腕を組んだ。
「これからは、その方の専門知識を持った捜査員が必要になりますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます