49 女満別空港から東部方面本部庁舎まで(3)
私は狩原を納屋の見張りに残し、39号線の襲撃現場に戻った。
道路脇の小高い丘の下でバイクを降り、紅葉落葉樹の森の中に入った。丘の上から道路を見下ろす。
銃撃戦の真っ只中だった。
新手の敵が防御壁を構えながら、徐々に警察車両に近付いていく。彼らはフルフェイスヘルメットを被り、小銃で武装している。見たところ、その数十数人。
制服の警察官二人が丘を這い上がって来る。一人が脚を負傷しているようだ。
私は声をかけた。
「大丈夫か」
一人が私を見上げた。
「戸田警視」
その警察官は私を知っていた。
「私は香山巡査長です。警護対象者、海老原正志が脚を負傷しました。引き上げて下さい」
私は手を伸ばし、海老原の手を掴んで引き上げた。香山も這いながら上がって来る。暗い夜であったことが幸いした。襲撃者たちに気づかれぬうちに、森の中に紛れ込むことができた。
私は海老原に肩をかし、バイク迄歩いた。
「北見と網走の警察署に、救援を伝えております。後、十数分で、こちらに到着すると思います」
後ろから香山の息切れした声が聞こえた。
五百メートルほど斜め前方に、窓明かりの灯った建物が見える。今まで狩原と共に戦っていた納屋だ。
「あの納屋に、私の仲間がいて、警察の応援を待っている。あそこまで、歩けるか」
私は香山に訊いた。
「はい。大丈夫です」
「海老原さん、タンデムシートに乗ったことがありますか」
「いいえ」
「そうか……。香山さん、手を貸してください」
私はバイクに乗り、フロントブレーキをかける。
「香山さん、海老原さんを乗せてください」
タンデムシートに跨るのに少々難儀したが、海老原は私の腰に手を回した。バイクをスタートさせる。二百メートほど走った時、納屋の前で狩原が両手を上げ、大きく後方に回しているのが見えた。
狩原は前方に何度も手を回すと、バイクに跨りこちらに飛ばしてきた。
私は彼女が手を回した先に視線を送る。暗い原野の中に一つ、ヘッドライトの灯りが見えた。
バイクが一台停まっている。
私はバイクを止め、全神経をそのバイクに向けた。
風に載って匂いが漂ってくる。それは蝋人形怪人、あの香水の香りだった。雌の蛾のフェロモンのごとく流れ、漂ってくる。
私は目を凝らしたまま、そのバイクを見詰め続けた。
そのバイクの後方から、新手のバイクが次から次と現れて来る。その数,十数台。
まずい……。
私はバイクを反対方向、北見の方向に向けた。狩原が猛スピードで飛ばしてくる。
「香山さん、後ろから来るバイクに乗って。逃げるよ」
丘の森沿いにバイクを飛ばし、原野の中に入った。視界が広がる。バイクを止め、後ろを振り返る。五十メートル後方に香山を乗せた狩原のバイクが見える。さらに、その後方百メートルに、十数台のバイクの一団が見えた。
私はバイクを39号線に乗り入れた。北見方向に向かう。
狩原のバイクも39号線に入り、後方から接近してくる。
微かにサイレン音が聞こえた。その音が大きく広がり、はるか前方に警察車両の赤色灯が鮮やかに浮かび上がって来る。バックミラーを見た。狩原のバイクが後ろに迫って来る。
私は反対車線にバイクを入れた。狩原のバイクも私に続く。
眼の前に警察車両が見る間に迫って来る。
私はバイクのスピードを落とし、右側の路肩から道路を外れた。ブレーキをかけ続ける。狩原のバイクは私の横を通り過ぎ、横倒しになって滑っていく。
「マヨぉぉぉ-」
狩原が悲鳴を上げた。
わたしは道路脇に走り、体を伏せ、ピストルを構えた。
目前に蝋人形軍団のバイクが迫って来る。
私はは立て続けに彼らに向かって発砲した。狩原も自動小銃を持って走ってきた。私の横に腹這いになり、射撃を始める。
敵側からも、一斉射撃が始まった。
北見方向から飛ばしてきた警察車両は停車し、武装警察官が車から降り、車両を盾にして応戦を始めた。
私は大の字になって夜空を見上げた。
胸の鼓動が治まらない。
十数分経っただろうか。目の前に大きな顔が現れた。
草薙参事官だった。
私は彼に手を握られ立ち上がった。周囲を見回す。
敵の姿はなかった。
真夜中、午後十一時時五分。
私は警察病院手術室の前室で、海老原の手術が終了するのを待っていた。狩原も全身に擦過傷を負っていて、治療を受けている最中である。
負傷した警察官たちは、北見市内の病院に分散し、治療を受けていた。
固い木椅子に腰を落とし、私は窓ガラスに映って自分の顔を眺めていた。疲れ切った顔だ。両眼が渇き目が痛い。私は両手で顔を覆った。
香水の香りが漂った。
私は目を閉じたまま拳銃を握り、撃鉄を上げた。そして目を開ける。
窓ガラスに白い影が動いた。
私は振り向きざまに拳銃を発砲した。廊下側から飛んできた弾丸が、窓ガラスに当たり粉々に砕け散った。
私は腹這いになって、銃口を廊下に向けている。
やがて廊下側から足音が響いてきた。私は立ち上がり、そっと廊下に顔を出した。警察官が銃口を向けて身構えながら歩いてくる。
私は反対側の廊下を見た。
警察官が一人倒れている。
「何があったの?」
背中に狩原の声が聞こえた。
私は廊下の床を指さした。
血痕が点々と落ちている。それが、廊下の先まで続いていた。
私は腰を落とし、ハンカチでその血糊を拭った。
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