48 女満別空港から東部方面本部庁舎まで(2)

 

 警察車両の一団は、赤色灯を回し空港を午後八時過ぎに出立した。

 私と狩原薫は、その隊列から百メートル後方を追尾している。二人は武装していないので、交戦になっても、参加することはできない。一緒になって大暴れしたら、それこそ上司の佃課長から大目玉を食らうことになるだろう。


 北見の東部方面本部庁舎まで、三十分から四十分。緊張感をもって進めば、そう長い距離ではない。夜の暗い道路環境を考えれば、常呂川を横断する端野大橋までが危険性が高い、と私は考えている。端野大橋を無事に通過しても、北見市街地に入るまでの片側一車線の道路では、気をぬくことは許されないだろう。

 敵の目的は極めて単純だ。海老原正志殺害の一点にある。


 蝋人形の怪人一人で、これだけの警備態勢を打ち破って攻撃してくるとは考えづらい。襲撃を企てているとしたら、かなりの人数を動員してくるだろう。そうなれば敵の態勢は組織的である。

 襲撃後、彼らはどうやって逃亡するのであろう。


 月光の下、隊列は64号線を南下、バイパス道路を経由して、39号線に合流した。片側一車線の道路を、隊列はサイレンを鳴らしながら原野の暗闇の中を突き進んでいく。

 五分が経過した。


 微かにプロペラの風を切る音が聞こえる。私は耳を澄まし目を凝らした。

 前方の暗い空から、いくつもの点が浮かび、飛んでくるのが見えた。


 隊列車両が、突然スピードを上げた。

 その点は、ドローンだった。二台の武装車両からドローンに向かって射撃が始まった。

 私はバイクを停めた。

 

 爆発音がして、火柱が上がった。その火柱は、前方の空を赤く染め上げるほど激しかった。上空から隊列に向かって液体が降っている。風にのってその飛沫が流れてくる。

 ガソリン……。狩原が叫んだ。


 車列に炎が上がる。その炎がさざ波のごとく広がってくる。

 このままでは、武装車両はともかく輸送車両の方は致命的な損傷を受けるに違いない。


 わたしは、バイクを徐行させながら、隊列に近付いていった。

 黒煙に包まれた隊列の上に視線を向け、ドローンがどの方向から飛来しているのか探った。

 ドローンの数はさらに多くなり、天空を埋めていく。

 

 道路の脇は小高い丘になっていて、紅葉落葉樹の森になっていた。ドローンは、左側の森の梢を乗越えて飛んできている。隊列の警察官たちは、ドローン対応に追われ、しかも黒煙に覆われていたので、そのことに気づいていないのであろう。


「薫姉さん、行くよ」

 私は叫ぶとエンジンをふかし、路肩を越え、丘の森の中に入っていった。森の中をドローンの発射基地を探りながら進む。森を抜けると、原野の中に平屋の建物が見えた。窓から灯が漏れている。その前の空き地にも。小さな灯がひとつ。ドローンはその場所から舞い上がっている。


 私は全速力でバイクを走らせる。

 その建物は農作業用の納屋だった。

 その納屋前の空き地で、一人の男がドローンを並べているのが見えた。

 私はその男に向かってまっすぐに突き進む。男は私たちに気付き作業台からライフル銃を手にした。

 銃口が向けられる前、間一髪、私はバイクごと体当たりしていた。その男は宙に舞い上がり、家の壁にぶつかって崩れ落ちた。

 

 納屋から武装した二人の男が飛び出してきた。

 私はバイクごと一人の兵士に体当たりする。目の前に崩れた男の首筋に、杖を叩きつけた。

 狩原のバイクは、もう一人の兵士を跳ね飛ばしていた。


 私は窓から中を窺った。

 中には二人の男がいた。一人の男は木箱から自動小銃を持ち出そうとしている。もう一人の男は椅子に座り、ドローン操作盤に向かっている。


 私は狩原を見た。

 彼女は倒した二人の男の手から、拳銃を奪っていた。私と目が合うと、その一つを私に投げてよこした。

 私は彼女に向かって窓の中を指さし、指を二本立てて見せた。


 私と狩原は、拳銃を構えドア口から中を覗いた。

 男が自動小銃の銃口をドア口に向け、身構えている。私は窓に行き、硝子を割るしぐさをした。彼女は私を見詰めたまま頷く。


 私は拳銃を握りしめ、グリップを窓ガラスに叩きつけた。

 硝子の砕ける音と共に、自動小銃の発射音が鳴り響いた。無数の弾丸が窓から飛び出した。

 突然、発射音が止まった。

 

 狩原がドア口に向かって拳銃を発射していた。

 私は窓から中を見た。

 自動小銃を抱えて、男が倒れている。


 私が家の中に入ると、操作盤の前にいた男が両手を上げて立っていた。

 私は自動小銃を拾い上げると、そのグリップでドローン操作盤を打ち砕いた。

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