58 廃屋の地下室にアルハモアナの棺が


 黒田夫妻と別れた後、私と狩原薫はブルースを伴ってバイクで実家の納屋に向かった。納屋は鍵がかかっていなかった。もう十年近くこの納屋に入ったことがない。中学生になってから、養父の手伝いで中に入ったことがあったが、その頃にはもう棺は無かった。


 納屋の中は空の木箱が積み上げられているだけだ。

 父はどこに棺を隠したのだろう。

 私は目を閉じ集中した。


 ブルースは納屋の中を嗅ぎまわっている。そして外に出ていく。

 私も外に出た。

 ブルースが私を見詰めている。

 棺は遠い、とブルースは語りかける。棺の場所が分かったのか、と私は問いかける。方角は分かる、とブルースが答える。その方角へ向かってみよう。わたしは心を集中してブルースに伝えた。

「薫姉さん、ブルースの後についていくよ」

 私は狩原に声をかけ、バイクに跨った。


 ブルースは西に向かって走った。

 計呂地川を渡り、山間の林道に入って行く。再び川辺に出た。この川はたしか芭露川。ブルースは川の上流に向かって走っていく。

 

 開けた丘陵地帯の農地に出た。

 雑草が生い茂る荒地だった。長い間放置されていたのだろう。作物が栽培されていたという痕跡もなかった。

 遠くに農家が見えた。

 ブルースはその農家に向かって走り出した。


 その農家は廃屋だった。

 私はブルースの後を追って、その廃屋に入った。

 広い土間があり、居間の畳は朽ちていた。何十年も前に離農したのだろう。

 家畜の糞尿の匂いがした。懐かしい匂いだ。私はこの匂いが嫌いではない。私は郷愁感に包まれる。


 そう、私はこの農家に来たことがあるのだ。小学に入学する前、五、六歳のころだ。私は心を集中し、記憶を辿る。あの時は父も母もいた。私は羊に牧草を与え、それから、鶏の卵を集めた。それから…、それから…。


 外にいたブルースが何かを私に伝えた。私は外に出てブルースを見詰める。この下に棺がある、と彼は告げてくる。

 

 地下に棺がある。棺はこの地下にある……。私は目を閉じ記憶を辿る。

 そうだ、私は母に言われてて地下室(むろ)に入り、ジャガイモを運び出したことがあるのだ。どこから入ったのか、その入り口の場所の記憶は何故か思い出せない。その記憶が欠損しているのだ。

 そうだ、その時、私は養父から金の首飾りをつけられていたのだ。


 ブルース、地下室への入り口を捜しておくれ。私は念じる。

 一時間経ち、二時間経った。ブルースに反応が無い。私は廃屋に戻り、土間に胡坐をかいた。そして目を閉じる。そして、もう一度記憶を辿る。

 

 鈴の音が聞こえた。私は目を開けた。鈴の音は記憶の彼方から聞こえてくる。そして、その音元は廃屋の中からだった。土間を歩き回り、敷石の上で足を止めた。膝まづく。

 鈴の音は、この敷石の下から聞こえてくる。その敷石は一片が百五十センチほどの石板だった。


「薫姉さん、この石、どけてくれる」

 ここは狩原の怪力に頼るしかない。


 狩原は腰を落とすと、両手を石板に掛けて横にずらした。一センチほど動いた。私も彼女の横に並び、石板の下に指を差し込む。掛け声を合わせて、石板を持ち上げ、横にずらす。この作業を何度も繰り返し、五分の一ほど動かすと、暗い空間の端が現れた。


 もしここに棺があるとしても、ここから入れたとは思えない。垂直になっており、入口のサイズから言って不可能である。まず中に棺があるのかどうか、今は確認することが先決だ。

 私たちはそれから休み休み三十分ほどかけて、石板をずらし、入口を露わにした。穴は一メートル四方ほどあり、地下に垂直に下がる構造になっている。

 わたしはバイクに戻り、懐中電灯を持ってきた。中を照らす。壁にそって梯子が掛けられている。


 有害なガスが充満していないか、自慢の鼻を使って嗅ぐ。

 私は階段を下りていく。三メートルほど下がると、一坪ほどの空間があった。床に鈴のついたランタンが置かれてある。南玄関の方角に地下通路が続いていた。その方角に、懐中電灯の灯りを向ける。十メートルほど先に扉らしきものが見えた。

 茂尻山荘の石窟に通じる地下通路に比べ構造は単純なものだったが、丸太でしっかりと組まれており、天井が崩れ落ちる恐れのない強固なものだった。


 私は扉の前に立った。後ろに狩原がぴったりとくっ付いてくる。

 私は扉の取っ手に指を掛け、手前に引いた。

 鈍い音をたて、扉が開く。

 私は懐中電灯で中を照らした。広さは八畳ほどあるだろうか。奥に台座があり、その上に棺があった。私はその棺がアルハモアナの棺であることがすぐ分かった。あの棺の中で、私はアルハモアナのミイラに抱かれたのだ。


 私は棺に近付いていく。

 棺の前に立つ。

「懐中電灯を持って、照らして」

 私は狩原に懐中電灯を渡し、棺の蓋に手をかけた。そっと持ち上げる。

 ミイラの顔が懐中電灯の灯りで浮かび上がった。

 両眼を見開き、口は血の海で溢れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る