57 アルハモアナの棺には文字が刻まれている



 ブルースが頭を上げた。玄関の方角に首を回す。

 そして立ち上がると、私を見詰めた。


 黒田真知が来る。彼は私に伝える。

 私はテーブルの椅子から立ち上がると廊下に出、玄関に向かった。

 チャームが鳴る。ドアを開けると、黒田夫妻が立っていた。笑顔である。私は二人を招き入れ、玄関前の応接室に案内した。田崎多鶴子と狩原薫も出てきた。私は夫妻に二人を紹介した。


「戸田さん、有難うございます。美月を救いだしてくださり、感謝しています。美月も元気で健康だということでした」

 真知は深く頭を下げた。

「警察には伝えていませんけど、ブルースが導いてくれたのです」

 私はとりあえずそう答えた。勿論正確な事実ではないが仕方がない。すべての経緯を話すわけにはいかない。


「あの子は美月に間違いありません」黒田雄一が言い切った。

「警察は念のため、DNA鑑定をするということで、その手続きをしてまいりました」

 二人の笑顔を見ていると、心が温かくなっていく。


「ブルースに会えますか」

 真知が訊いた。

「今は眠っています。それに、もう少しの間、ブルースは私の手元においておきたいのですが」

「分かりました」

 真知に代わって、雄一が答えた。


「軽井沢の別荘で奥様にはお話しましたが、ブルースはアルハモアナの飼い犬でした。アルハモアナの覚醒によって、ブルースも蘇ったのです。これからのことは、ブルース自身に決めさせたのですが」

「ブルースと意思の疎通ができるのですか」

「はい」

 黒田夫妻は顔を見合わせた。

 そして真知が答えた。

「分かりました。あなたにお任せいたします」


 田崎がコーヒーを淹れてきた。

 コーヒーテーブルに並べる。


「この部屋は、学生時代一度来たことがあります」雄一がコーヒーを飲みながら言った。

「その時、遠見先生から一枚の写真を見せていただきました。ミイラの入った棺の刻印の写真です。先生のゼミに入っていたんです」

 雄一はそう言って笑みを浮かべた。


 私は彼を見詰めコーヒーを飲みながら頷いた。

「棺には、ミイラについて、三つ事が刻まれている、と。一つはミイラの名はアルハモアナであること、二つ目はアルハモアナが国王を殺めようとして罰を受け、不死身の身にされたまま埋葬されたこと。最後は解読できない文字で書かれていたそうです」


 一つ目と二つ目のことは知っている。

 解読できない文字とは、どこの国の言葉であろうか。

「その文字を見ましたか」

「はい」


「一つ目と二つ目は、象形文字で書かれていましたが、三つ目は違ったんですね」

 私は思わず前のめりになって確認した。

「はい。解読できた文字は、ヒエログリラだったと思います。解読できなかった文字は、抽象画のような、文字でした」


「その写真を、父はどこから出してきましたか」

「あの書棚の木箱からです。今は見当たりませんが」


 私は後ろを振り返った。書棚は空である。何も置かれていない。

「その文字について、父は何か言っていませんでしたか」

「たしか、こう言ったと思います。アルハモアナを棺に閉じ込める、呪文のようなものではないだろうか、と」


「その呪文は、短かったですか、長かったですか」

「二十ほどの文字が二列に刻まれていました」


 貴重な事実だ。やっとここまで辿りついたか。

 何が何でも、アルハモアナの棺は探し出さねばならない。

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