第一章
1「乳児の私は、魔女ミイラに抱かれて男から女になった」
あの夜のことは 二十九年経った今でも明確に記憶している。
わたしは生後六か月の乳児だった。名前は戸田マヨ。男である。藤のゆりかごの中で目を開けていた。
隣室の記者会見所から、父の声が聞こえる。
父は考古学者、日本の古墳の第一人者だった。
父は北海道の山中深い森の中で古墳を発見した。時代は縄文期前期のものである。古墳の中から金髪のミイラが発見された。美しい女のミイラだった。金の首飾りをつけ、手に鉄製の斧を持っていた。
日本の古代史を揺るがす大発見だった。
当然マスコミの脚光を浴びることとなる。
父の説明会見が終わり、記者からの質問を受けている。
会見は二時間で終わった。記者たちは帰っていく。残ったのは、父と母、そして二人の研究員の助手。
突然悲鳴が上がった。逃げ惑う足音と悲鳴が隣室を埋め尽くす。
「アルハモアナは、どこだ」
「アルハモアナの眠りを犯したものは、皆殺しだ」
「アルハモアナ、魔物を、この世から消し去れ」
掠れた男たちの声が響き渡る。
母が廊下のドアを開けて飛び込んできた。
わたしを抱きかかえる。
奥の続き部屋への扉を開け逃げ込む。ドアに施錠する。
そこに朽ちかけた木製の棺があった。母はわたしを抱えて部屋の中を回り続ける。
わたしは、床に寝かされた。母は棺の蓋を開ける。わたしを抱きかかえる。棺の中には、目を見開き、唇を開いているミイラがいた。
母はわたしをミイラの胸の上に置いた。
「アルハモアナよ、わたしの息子、マヨを守っておくれ。わたしの心と体を、あなたに捧げる」
母は手首をナイフで切り、滴る血をミイラの口の中に落とした。
母は棺の蓋を被せた。
暗闇の中で、わたしは強い力で抱きしめられた。
怒号が部屋の中になだれこんできた。
母の悲鳴が聞こえた。
棺の蓋が開けられた。
白い世界だった。
何も見えなかった。
わたしの名は、戸田マヨ。
性は女、歳は二十九歳。警察官である。
わたしは、魔女ミイラに抱かれて男から女になっていた。
戸田の姓は、養父母の姓である。
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