2 閃光が真夜中を引き裂く




 雨粒が激しくフロントガラスに当たってくる。ワイパーが視界を広げようと悲鳴を上げるが、ヘッドライトに照らされた片側一車線の道路は、前方に霞んで見えるだけだ。

 私、戸田マヨはサロマ湖畔の芭露から遠軽に向かって山間の道を進んでいた。

 

 突然の豪雨だった。

 私はハンドルを強く握りしめたまま、緊張で体が凍り付いている。少しずつスピードを落としていく。遠くにぼんやりと光が見えた。対向車のヘッドライトの灯りだ。車両の後ろから軋む音が聞こえた。後続車が迫ってくる。前方の灯りは見る間に溢れてくる。赤色の後続車は、横に飛び出してくる。

 前方から、直進してきた車のヘッドライトが、前方の視界を閉じた。

 私は、ブレーキを踏んだ。

 

 目の前で、二台の車体が激突した。

 私の体に冷たい戦慄が走った。そして体が凍り付いていく。


 私の車を追い越した車体は、直進してきた車の助手席側に激突、スピンしながら私の車の助手席側に飛んできた。私はハンドルを握り、その衝撃に耐えた。ボンネットが跳ね上がると同時に、私の車は半回転して、後ろ向きになった。

 

 私は大きく深呼吸をした。

 シートベルトを外し、後ろを振り返った。

 激しい雨の中、淡いヘッドライトの光が点滅している。腕時計を見た。午後十一時四十二分。

 スマホで救急車を呼ぶ。


 トランクを開けてから、懐中電灯を持って外に出た。眩暈がする。大きな雨粒が絶え間なく、体を濡らしてくる。トランクの中を探り、バックを見つけ、中から雨合羽を取り出す。腕を通し、フードを被り、トランクを閉じた。


 周囲に懐中電灯の灯りを照らした。片側だけのヘッドライトの点滅が、七メートルほど先に見える。私の車を追い抜き、対向車と衝突し、反動でぶつかってきた車だ。

 直進してきた車を捜したが、視界には無かった。


 懐中電灯を照らしながら歩く。その車は反対側を向いていて、後部車輪が側溝に落ち、前部車輪が浮いて空回転している。

 車のフロントガラスが吹き飛んでいた。ボンネットが跳ね上がって潰れている。


 運転席を懐中電灯を照らす。

 運転席に女の体があった。懐中電灯の灯りを顔に向ける。目を閉じて呻き声を上げている。ドアを引いたが、車体が歪んでいて開けることができなかった。


 後部座席のドアを開けた。運転席の後ろのチャイルドシートの中に乳児がいた。乳児の首筋に手を当てた。脈もあり、呼吸もしている。


「お願い、その子を匿って」

 運転席から声がした。

「お願い、その子を助けて……」


「追われていたのですか」

 返事がない。

 目を閉じてうつ向いている。


 雨が車内に吹き込んでいる。どちらにせよ、この乳児をここに放置しておくことはできない。

 後部座席のドアを開け、チャイルドシートから乳児を抱きかかえた。

「救急車を呼びました。この子を預かりますよ」 

 私は乳児を抱いて車に戻った。

 乳児を後部座席に横たえ、タオルケットで体を覆う。

  

 外に出、もう一台の車、直進してきた車を捜した。

 林の中にぼんやりと尾灯が見えた。懐中電灯を向ける。黒い車体が浮かび上がった。アカマツの大木に激突している。


 林の中に入って行く。車体は緩やかに揺れている。アカマツの枝が、後部座席を貫いていた。懐中電灯を運転席に向ける。男の体が、フロントガラスを打ち抜いて、頭部が外に飛び出ていた。


 後部座敷は悲惨だった。枝先が女の体を貫いている。彼女の足元には、乳児が転がっている。車内は雨と血しぶきで、渦巻いている。後部ドアを引いたが、歪んでいて開けることができなかった。


 自分の車のトランクからバーベルを持ってきて、潰れていた後部ドアをこじ開けた。体を入れ、乳児を引き出す。雨水でずぶ濡れだった。微かに胸が動いている。わたしは、乳児を抱いて車に戻った。乾いた布で温めなければならない。


 ドアを開けようとした、そのときに、頭に激しい衝撃を受けた。路上に崩れていく視線の先に、白いブーツが見えた。

 そのまま何も分からなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る