73 道警東部方面本部



 岩田遺伝子研究所の爆発火災現場で、一人の遺体が発見された。死者はその一人だけだった。確認された生存者は六十八人である。私はその生存者の一覧を見た。主任研究員松井と山口和香の名がなかった。所轄警察署は、研究所の所員全員の名簿の確認を行っているところだった。


 私は捜査員に閉じ込められていた部屋と地下の大広間を案内し説明した。

 勿論、研究室のフロワーも知っているが、入ったことがない、と主張した。生存者の研究員の中には私を見た者もいるだろうし、地下広間での私の行動を記憶している者もいるだろう。食い違うことは承知の上だ。そうなったら、私は意識が朦朧としていて記憶にないと言い張るつもりだ。

 なにも証拠は残っていないはずだ。

 アルハモアナが、研究内容の証拠史料をすべて爆破焼却しているだろうから。


 午後、空路女満別空港に向かった。

 田崎多鶴子、狩原薫、竹下莉南の三人が私を出迎えた。私たちは互いに笑顔を浮かべ、肩を叩き合いながら食堂に入った。


「警視、事件解決おめでとうございます」田崎が代表して言った。

「昨夜、怪人のサクラが護送されてきたんだけど、あの怪物ごとき女が優しい少女のように振る舞っていて、少子抜けしたわ」


「二人の乳児、朱莉ちゃんと陽菜ちゃん。夜の便で来るそうです。健康診査で時間がかかったそうです」

 竹下が声を弾ませて言う。


「マヨちゃん、無事でよかったね。もう、ハラハラさせるのは、お互い、やめにしようよ」

 狩原は涙声で言った。

 私も胸が熱くなった。

 それから、私たちは黙々と食事をした。積もる話は山ほどあるが、それは事件捜査の推移を見ながら、少しずつ差し障りのない部分から話していくことにしよう。


 田崎の運転する軽自動車で、私たちは東部方面本部に向かった。

 まっすぐ刑事課の安田隆の所に行く。安田と今井耕平が、笑顔で出迎えた。

「警視、ありがとうございました。詳細は、警察庁から知らせが入っています。二人の乳児が無事だったことが、なににもまして、喜ばしいことです」

 安田は満面の笑みで言う。


「サクラは怪人は、今どうしています」

 私が尋ねた。

「取り調べの最中ですが、支離滅裂です。話になりません」

 今井が答えた。


「落ち着いていると聞いたんですが……」

 私は首を傾げ呟く。

「感情の起伏がはげしいんです。手が付けられません」


「精神鑑定なんて、ことには、ならないでしょうね」

 私が尋ねた。

「うーん、微妙です」安田が腕を組んで、私を見詰める。

「会ってみますか」

「いえ、もうこりごりです」

 私は笑顔で答えた。

「ここには、いつまで詰められのですか」

「乳児の件が終了しましたら、警察庁に戻ります。

 安田は頷いた。


「二人の乳児は、いつ親元に返されるのですか」

「藤原朱莉のほうは、すぐにでも父親に引き渡すことは可能です。篠原陽菜のほうですが、母親がまだ覚醒していませんので、乳児院に入院させることになると思います」

「朱莉ちゃんですが、父親への引き渡しの任務、わたしに任せてもらえませんか。約束したんです。必ず助け出す、と」

「分かりました。本部長の承諾をとります」


「それから、陽菜ちゃんですが、事故のあったあの夜、事故車の中で私は母親から匿ってくれ、と哀願されたのです。わたしの手で、あの子を母親に抱かせてやりたいのですが」

「うん……」

 安田は口を噤んだ。


「担当ドクターに頼んで、進言してもらったどうです。警視と母親のやりとりを見た限りでは、母親に良い刺激になるかもしれません」

 今井が、安田と私の顔を交互に見ながら言った。


「警視、ドクターに相談したらいかがです」

 安田が言った。

 私は大きく頷いた。

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