72 尋問を受ける


 マヨちゃん。

 

 警察車両の中で、サクラが私の脳裏に囁いてくる。私は助手席にいて、サクラが後部座席で二人の屈強な警察官に挟まれて体を小さくしている。サクラが言っているのではない。アルハモアナが語りかけてきているのだ。私は今までアルハモアナからマヨちゃんと呼ばれたことがない。気味が悪い。


 はい。


 私は返事を返す。


 警察聴取の口車を合わせよう。


 はい。


 サクラは一連の事件に関わったことを自白する。だが、それは岩田総一郎の命令でやむなくしたことだ、と弁明する。自分に自由はなく、それ以外の選択肢はなかった、と。


 はい。


 研究所での研究内容、乳児の拉致との関りについては何も知らない、と。そして、自分が何者で、どうしてここにいたのかも、わからない、と。自分は催眠をかけられ、操られていたのかもしれない、と。


 はい。


 後は、われは支離滅裂なことを言い続ける。どうだ、口車を合わせることができるか?


 はい。


 おまえは、どう、言い逃れるつもりだ?


 それは……。これから考えます。


 そうか。


 サクラの笑い声が聞こえる。


 これから拘束され、ずっと監獄暮らしになりますが、堪えられますか?


 まあぁ、機を見て逃げ出すさ。われの知恵とサクラの体力があれば、わけないだろう。



 翌日の午後、私は刑事局監察の尋問を受けた。

 その内容は二点。

 一点は、私が法規に反し、道警事件の単独捜査をしたのか、どうか。もう一点は、今回の事件の内容についてである。


 小さな会議室だった。

 私は一人パイプ椅子に座っている。目の前に長テーブルがあり、中央に担当参事官が座っている。端に事務官が二人がいて記録をとっている。


 一点目については、私は明確に否定した。岩田遺伝子研究所にいたのは、岩田総一郎に拉致されたからだと主張した。

 研究所にいた山口和香、主任研究員松井ら研究員たちが、どう主張するか分からない。だが、彼らが事実を主張しても、証拠がなく、絵空事とみなされるだろう。あまりにも、唐突な話だから。


「なぜ、岩田総一郎があなたを拉致したのか、分かりますか?」

 担当参事官が私に尋ねた。

 私は口元に手をやって、その参事官を見詰めた。

「岩田総一郎が言いました。なぜ、わたしが捜査対象として上層部に進言したのか、と。彼はわたしに対して怒りを持っていました。警察内部の何者かが、岩田に内通していたのです」


 私は、話の半分を捏造した。だが、まったく嘘というわけではない。

 幸いにも、それに関わる質問は続かなかった。


 気を遣ったのは、事件のあらましだった。

 山口和香と主任研究員松井の現状が分からなかったからである。私は二人が今どうしているか知りたかった。だが、そのことを確認しなかった。そのことが新たな火種となることを恐れたからだ。


 岩田邸に行くまでのことは、佃課長に報告した通りに供述した。岩田邸からの出来事は、その後遺伝子研究所に軟禁されていたので、何もわからない、と言い通した。爆発事故が起こり、逃げ回っている最中に、幸運にも乳児を見つけ、救出したと主張した。 


 私は何度も同じ質問をされ、同じ答えを繰り返した。まさに根競べだった。

 私の主張を覆す事実は、最後まで出てこなかった。山口和香も主任研究員松井も、事実を述べていなかったのだろう。


 最後に担当参事官が私に尋ねた。

「あなたには特殊な能力がある、という者がいるが、それは事実ですか」

 私は笑みを浮かべた。

「勘がいいだけです。それから、人より少し運がいいのかもしれません」


 事務官が入ってきて、担当参事官に耳打ちした。

「戸田警視、お手柄です。DNAの鑑定で、乳児は拉致されていた藤谷朱莉と篠原陽菜であることが判明しました。サクラと名乗る人物も、鑑定の結果、あなたが採取していた殺人犯の血液のDNAと一致したそうです」


 私は意識的に笑みを浮かべた。


「質問はこれで終わりにします。ご苦労様でした。明日、現場検証立ち合いの要請がきています。事務当局と連絡をとってください」

「はい」


 担当参事官が立ち上がった。

 私は起立し、深く頭を下げた。


 特殊事件捜査課に戻り、私は佃課長に尋問内容について報告した。

「戸田マヨ、帰任命令は取り消す。引き続き道警東部方面本部で、事後処理を行うことを命じる」

「はい」


「今夜、サクラを道警に護送するそうだ。会ってみるか?」

「いえ、その必要はありません」

「そうか、いいだろう」

「明日、現場検証に立ち会った後、まっすぐ道警に向かいます」

 私は深く頭を下げて、課長室を後にした。


 自席に戻り、軽井沢遷延性病棟に電話した。母のことが気懸りだったからである。

 担当看護師が言葉を弾ませて言った。

「昨夜から、脳波に変化が現れました。現在、その分析を行っているところです」

 初めて心からの笑みが零れた。


 ブルース、現れよ。

 目の前にブルースの生霊が現れた。


 軽井沢のわたしの母の元に行けるか?


 アルハモアナの写真をわれに与えれば。


 軽井沢に行って、母を見守っていてくれ。


 私はショルダーバックからアルハモアナのミイラの写真を出して、ブルースの口の前に差し出した。

 ブルースは、写真を咥えると姿を消した。

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