71 岩田遺伝子研究所からの脱出


 サクラが岩田総一郎の指を嚙んだ。血がサクラの口の中から染みだしてくる。

 だが、岩田は満面の笑みを浮かべている。山口和香と研究員助手が、サクラを岩田から引き離した。


 私は岩田に駆け寄り、彼を羽交い絞めにした。そして首に腕を回し、締め付ける。

「サクラの足枷を外せ。岩田が死んでもいいのか」


 山口と五人の研究員の助手が、私を取り囲んだ。


 アルハモアナ、いるなら、何とか言ったらどうだ。


 私は激しい感情をこめて念じた。


「言われた通りに、するんだっ」

 岩田は笑顔のまま叫んだ。


 私は岩田の首を締め上げる。

 山口はサクラの足枷の鍵穴に鍵を差し入れ回す。足枷は床に転がった。


「サクラ、赤子二人を抱いてこい」

 サクラはベビィサークルに走り、乳児二人を両手に抱えてくる。

 私は岩田を椅子に座らせ、寝台椅子をエレベータケージに引き入れた。昇降ボタンを押す。扉が閉まり上がっていく。


「マヤ、もういい。われは岩田を操れる」

 アルハモアナの声が岩田の口から流れる。私は岩田の体から離れた。


 エレベータケージの扉が開いた。

 私は寝台から鉄の斧を取り上げ、ショルダーバックに入れ襷掛けにする。


「マヨ、乳児を連れて、ここから逃げるのだ。われは、ここでやるべきことがある。すべての扉を開放し、電源を破壊する。われらの逃げ道を確保するためだ。それから、この施設を爆破する。研究の内容に関わる資料、成果品すべてを破壊焼却するためだ。サクラはわれが預かる。心配するな、われはサクラの体に入って、必ずおまえの元に帰る」


 私はサクラから二人の乳児藤谷朱莉と篠原陽菜を受け取り、両手で抱えた。

 岩田(アルハモアナ)は私を見詰め頷くと、サクラと共に研究室群の中に走り込んで行った。私は記憶を辿り、前室の扉の前に行く。照明が落ちた。目の前の扉が緩やかに開いてくる。


 私は扉を足で開け、赤色灯の灯った前室に入る。

 廊下への扉は開いていた。幅二メートルの廊下に出る。その廊下を赤色灯の灯りを頼りに二十メートルほど走る。そして十二坪ほどのスタッフルームに駆け込んだ。

 スタッフルームからエントランスに出る。開き切っている扉を通って、駐車場に走り出た。


 光が差し込んでくる出口へ向かって駆けあがる。

 外に出た。市街地のど真ん中だった。車が絶えることなく走っている。

 私は一番近くにあった喫茶店に走りこんだ。


「すみません。電話を貸してください」

 レジにいた店員は、入口近くの固定電話を指さした。

「ここは、何処です」

「井之頭公園、吉祥寺通りです」


 私はその電話台まで行き、乳児二人を床に置いた。私の周りに人が集まってきた。

「警察の者です」

 私はそう叫びながらプッシュボタンを押した。


 窓ガラスが振動し、地面が揺れた。すぐ、外から激しい爆発音が聞こえた。灰色の爆風がガラス窓の向こう側を流れていく。


「わたし、戸田マヨです。佃課長をお願いします」


 喫茶店に通行人が逃げ込んできた。

 私は乳児二人をかばいながら、受話器を握る。

「課長、戸田マヨです。いま井之頭公園近くで爆発がありました。手配頼みます。それから、失踪していた乳児二人を確保しました。手配中の殺人者も逮捕できそうです。すぐ来てください」


 店内はごったがえしている。

 私は乳児二人を抱えて、外に出た。

 駐車場の出入り口から、黒煙が上がっている、やがて、立体駐車場からも白煙が上がってきた。炎も立ち上がる。


 黒煙の中、駐車場の出口から女が歩いてくる。そして私に視線を向けると、まっすぐ私に向かって歩いてきた。

 サクラだった。

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