22 アルハモアナの肖像とミイラの顔写真



「地下室の解放は絶対だめです」

 業者が帰った後で、小田切は怒りが収まらぬのか大声で言った。

「理由を悦明してください」

 私はテーブルの大福を口に運びながら言う。


「怖くないのですか、アルハモアナ」怒りの最中でも、小田切は誘惑に負けて、大盛に積み上げられた大福に手を伸ばす。

「アルハモアナの祟りが、怖くないのですか」

 私は沈黙した。怖いというよりは、不安なのだ。真実が見えてこないのが不安なのだ。


「それより」私は話題を変えた。

「二十九年前、記者会見の場で、私の父が襲われたというのは、事実なの?」

「事実です」

 小田切は躊躇せず言い切った。


「警察の調書では、そんな事実はなかったことになっている。殺人事件はなかったことになっている」

 私は食い下がった。


「誰も、目撃者がいなかったし、現場に襲撃を受けたという痕跡がなかったからです。司法解剖をしたところ、三人の死因が心臓麻痺と判明されましたし……」

「それでは、何故あなたは襲撃事件があったと、言い切るのですか」

「私は、見ていたんです。アルハモアナと魔界からの異形の者たちの戦いを。あなたの父親と二人の研究員たちが殺されたのは、その現場を見てしまったからです」

 

 私は腕を組んで目を閉じた。

 彼の話は私の記憶とは少し違う。それに、最初に会った時、彼はその日この家で留守番をしていたと言った。

 それを察したのか、彼は言い訳を始めた。

「あなたに会った時、私はあなたがアルハモアナの化身と思いました。仮に化身でなくても、アルハモアナの心を宿しているのではないかと思ったのです。もしそうだとしたら、私は必ず殺されると思いました」

 私は吐息をついた。

「どうして、あなただけが、助かったのです」

「私は、棺の中に身を潜めていたのです」


「鉄の斧はどうなんです。本当に縄文初期の物なのですか。報道では、一万五千年前のものだと記されていますが」

 小田切は声を出して笑いだした。

「製鉄技術が確立してきたのは、今から五千年前のスキタイの時代のころです。ですから、そんなことは、絶対ありえません。ただあの斧は隕鉄で作られていました。スキタイよりも、もっと前に作られた可能性は否定できません。当時隕鉄は天の金属と言われていました。特別の物だったのです」



 実家で夕食を食べたのち、田崎と狩原にあの洋館で夜を過ごさないか、と提案した。さすがに、二人は首を縦に振らなかった。小田切が何故あの洋館を恐れているのか、私は知りたかったのだ。

 仕方がない。私一人で行くことにした。警杖を背中に背負い、寝袋と生活用品を詰めたバックをバイクに括り付け、洋館に向かった。


 洋館の中は、仄かに月の灯りが差し込み、薄暗かった。

 私はランタンに火を灯し、二階に上がる。そして、二つ目のドアを開ける。部屋に足を踏み入れる。チャイルドベッドはそのままだった。この部屋は私の部屋だった。


 チャイルドベッドの傍に、寝袋を敷いた。パジャマに着替え、寝袋に潜り込む。バックから、アルハモアナミイラの写真を出して眺める。眠りに落ちる。


 階下から音が聞こえる。私は耳を澄ました。それは、低く木霊する足音だった。

 私は寝袋を出、ランタンの灯りを点け、警杖を持った。部屋を出、ゆっくりと階段を下りていく。


 大広間のドアは開いていた。

 私はそっと足を踏み入れる。


 地下室に下りる一階の小部屋のドアが、鈍い音を立てて開き始めた。私は息を潜めてランタンの灯を掲げた。

 大きな影が現れた。黒く深いフード、大きな黒マント、長く伸びた黒いズオン。その影が深いフードの奥から私を見詰めている。茂尻の山荘で夢の中に現れた、あの異形の存在だった。


「おまえが持っている写真を渡せ」

 言葉が波となって、私の脳に伝わってくる。

「アルハモアナの写真を渡せ」


 その影が私に迫ってくる。

 長く伸びた手が私の顔に触れようとした時、私は警杖で力任せに振り切った。


 低い呻き声が木霊し続ける。

 そして、目の前から、影が霧となって散っていった。

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