21 地下室の肖像画の中に、ミイラの写真があった





 大広間のテーブル上に置かれた見積書を、私は見詰めた。

 見積額九百八十万円。上限金額を一千万円と言ったので、ぎりぎりの線を打ち出してきたのか。ここは年の功、田崎多鶴子に相談すべきだったか。

 

 ページを捲り、地下室と小さなゲストルームを捜した。見つからない。

「あそこの地下室と、隣の小部屋は、どうなっています」

 西側の二つのドアを指さして、私は業者の若い社員に尋ねた。

「入っていません。特に注文がありませんでしたから」

 まったく表情を変えずに、淡々と答える。そうだ、その事は話を途中で止めてしまったのだ。


 そういえば、この若者の名をまだ聞いていなかった。私も私だけど、この業者の若者も、どうかしている。

「地下室の開口部を広げて、階段で下りれるようにしてください。それから小部屋だけど、ゲストルームとして使えるようにしてください。もっと、全体の見積額を抑えてください」

 私の口調はイライラしている。こうした事務的な仕事は苦手なのだ。


 若者はテーブルに分厚い材料カタログ冊子を置いた。

 小田切拓真が作業員と共に大広間に入ってきた。

「細かい仕様は、小田切さんに任せる。よろしいですね、小田切さん」

 若者と作業員は小田切を見詰める。

「分かりました。その代わり、私はここに住みませんよ。よろしいですね」


 仕方あるまい。私は頷いた。

「総経費は、上限を九百万にしてください。謝礼をしたいので、小田切さんに」

「分かりました」

 若者は渋々頷く。


 小田切が業者と打ち合わせしている間に、私は灯油のランタンを持つと、田崎を誘って地下室に下りた。一度、彼女にアルハモアナの肖像画を見せたかったからだ。

 肖像画をランタンの灯りで照らした。肖像は私の顔に瓜二つなのに、なぜか怖ろしい。


 田崎が下りてきた。そして私の隣に立つ。

「なに、これ……」

 彼女は絶句した。

「アルハモアナの肖像」私は呟いた。

「ミイラから、復顔したらしいの」


「どうして、マヨの顔をしているの」

 私は彼女を見つめて顔を横に振った。


 私は背伸びをして、その肖像画を外して床に置いた。額縁の裏側の留め金を外し、裏板を外す。葉書サイズの写真があった。ミイラの顔写真だった。私はその写真を田崎に渡し、額縁からパネルを取り出した。パネルは麻の画布を張り付けたものだった。


「Fサイズの十号ね」

 田崎は肖像を覗きこみながら言った。

 私は頷くと、パネルを額縁に戻した。ランタンを田崎に渡し、額縁を持って一階への階段を上る。工事の際、この肖像画を破損したくなかったからだ。



 テーブルで、小田切は業者と打ち合わせを続けている。

「小田切さん、まだ時間が掛かる?」

 小田切は私の顔を見るなり、顔色を変えて立ち上がった。

「持ってきたのですか」

 私は無表情に頷く。

「その絵は、地下室に戻してください。すぐに」

「どうして……」

「戻して、地下室を封鎖しますっ」

 彼は大声を出した。


 彼は私から額縁を取り上げると、地下室に下りていった。

 私と田崎は顔を見合わせた。彼女は私にミイラの写真を見せると、にやりと微笑んだ。

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