20 二十九年前の私の記憶は真実なのか

  


「マヨさんの記憶のことなんだけど……」

 田崎多鶴子がノートパソコンの画面を見ながら言った。 

「ん?」

 私は地図から視線を上げ、彼女に視線を送る。

 彼女はパソコンから視線を外さないで話を続けた。

「その記憶、確かなの?」


 実家のダイニングキッチンのテーブルで、私と田崎が作業をしている。

 狩原薫と竹下莉南は、道警東部方面本部に行っている。狩原に杖道の指南の依頼があったからだ。狩原は警視庁武術大会において、二度優勝している。私の指南役でもある。


 田崎の次の言葉を避けて、私は南側の隣室リビングルームに視線を送った。北国の晩夏の日差しがカーテン越しに差し込んでいる。

 私の乳児の時の記憶……。今まで一度も疑ったことはなかった。私には目の前の現実として、記憶されているのだ。


「報道記事を調べてみた。確かに、記者会見は行われている。でも、それは古墳から出たミイラに関してではなく、鉄の斧に関してのものだったの。その斧の写真は報道されているわ。そして……」

 そこまで言うと、田崎は私を見詰めた。

 私は横を向いている。彼女の鋭い視線が頬に突き刺さる。


「翌朝、あなたの父親と 二人の死体がみつかった。あなたと、あなたの母親が失踪していた。三人の死因は、調書によると、心臓疾患による突然死。あなたの記憶にある、複数の暴漢の痕跡はなかった」

 彼女はパソコンを閉じた。

「殺人事件はなかった。警察の調書はそう結論付けている」


 私は彼女に視線を戻し、無言で頷いた。

 反論しても仕方がない。私には、金の首飾りのほか、何一つとして具体的な証拠がないのだ。助手の小田切拓真の証言も、具体的な証拠を根拠にしているわけではないだろう。

 でも、私の記憶に間違いがない。事実が何者かによって歪められたのだ。


「でも、縄文初期に、北海道で鉄製の斧が発見されたのは、大きな話題になったことは事実です。年代測定によると、一万五千年前のものだったそうです」

「斧はどこで発見されたの?」

「北海道中央部、そう、あなたたちが昨日まで行っていた、あの茂尻の山中。具体的な場所は分からないわ。その斧も、今は、紛失してしまっているし」


 私は道路地図に目を落とした。そして、百戸橋から、あの山荘への道筋を辿った。

「とりあえず、あなたの母親を捜すのが先決ね。失踪したままなのは事実だから。道警の応援も得られるし」

「そうね」一応、私は彼女の提案に同意した。

「私は、引き続き、もう一つの事件、函館の事件を調べるわ」


「茂尻の事件、収穫がなかったそうね」

「うん……」

 私は頷いた。

 ただ、佐呂間で起きた乳児拉致殺人事件との直接的な関連はないように思えた。犯人は別のように思える。根拠があるわけではない。そんな気がする。


 田沢のスマホが鳴った。

 彼女を耳に当てる。そして言葉を交わす。はい分かりました、すぐ行きます、と答える。

「佐呂間の家のリホームの件で打ち合わせをしたい、と業者からです。二時に玄関前で待っているそうです」

「行きましょう」

 私は立ち上がった。

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