45 蝋人形の怪人は、能面の怪人



 翌日の午前十時二十五分、私は女満別空港に着いた。昨夜は羽田のホテルに泊まり、八時の航空便で北海道に向かったのだ。


 女満別空港には、狩原薫が迎えに来ていた。

 事情は既に彼女に伝えてある。私はすぐ彼女の車に乗り込んだ。

「私の実家に行く。急いで」

 狩原は車をスタートさせる。

「本部には、まだ伝えていないんだけど、どうします」

 狩原が訊いた。

「私一人で行くしかないでしょう。小田切の命がかかっている。本部には、私が接触したうえで、考える」


 脅迫者からの、二度目のメールはなかった。了承したのか、しなかったのか、それさえも分からない。実家に行って、金の首飾りを掘り出さなければならない。金目当ての犯行なのか、それとも首飾りの歴史的価値を知ったうえでの犯行なのか。


「軽井沢では、何か分かったの?」

「うん。私の母がいた。遷延性患者になっていた。しかも、母の体にアルハモアナが棲みついていた……」

「……どうするの、マヨ」

「田鶴母さん以外には話さないでね」

「分かった」

「アルハモアナが、私の体に寄生のできたら、母を返すと言ったの」

「それは、絶対だめでしょう。マヨが、マヨでなくなってしまう」


 養父母の実家に着くと、私は家の中に飛び込んだ。家の中は、荒らされていた。引き戸が倒され、床板は剥がされ、天井板も床に落ちている。

 おそらく脅迫者が、金の首飾りを捜しまくったのであろう。私は洋館にいる田崎多鶴子に電話を入れた。狩原が洋館を出、空港に向かった後、襲撃されているかもしれない。すぐ彼女が出た。ほっとする。


「気をつけて、実家が荒らされている。そっちにも、行くかもしれない」

「何があったの」

「金の首飾りを、狙っているみたい。帰ったら説明する。工事の人、いるんでしょう。今、何人いるの」

「五人、工事は、後三日で終わるって」

「分かった。気をつけてね」


「薫姉さん、洋館の私たちの家に帰って。そして、田鶴母さんに説明して」

「どうしても、一人で行くの?」

 私は頷いた。

「いい、仲間以外に話してはだめよ。これは、私一人の個人的な問題だから」


 狩原が帰った後、私は物置に行った。物置も物色され、中の物が外に投げ出されている。私はスコップとバーベルを拾い上げて家の中に戻った。トイレに行き、バーベルで床のタイルと便器を叩き割る。廃材を外に出し、スコップで掘り下げる。四十センチほど掘り下げ、金の首飾りの入った金属の箱を取り出した。


 タクシーで北見市の町外れにある小田切拓真の借家に行った。

 引き戸口の前に立ち、中の様子を探る。人の気配がなかった。

 引き戸を引いてみる。施錠されていない。引き戸を開け放ち、戸口から中を見渡す。生活用品や、その他雑多の物が散乱していた。


 私はゆくっりと足を踏み入れた。

 足元で、微かな唸り声が聞こえる。

 ブルースが姿を現している。それは、映像のように透けて見えて、宙に浮いている。彼の眼は家の奥の間を見詰めている。


 あの匂いがした。薔薇の香り、蝋人形の怪人、その化粧の香り。

 私は手に持っていたショルダーバックを襷掛けにし、警棒を手にした。


 埃を舞い上げながら仮面の人物が現れた。その仮面は能面。真っ白い肌、うっすらと笑みを湛える小面であった。

「いつも、こんなに待たせるのか、戸田マヨ」

 甲高い女の声が響く。それは、蝋人形の怪人の声だった。


「小田切拓真は、どこにいる」

「わたしの仲間が、匿っている」

「ここに、連れて来い」

「金の首飾りは、持ってきたか」

 私はショルダーバックを抱きしめた。


「小田切を連れてこい」

「おまえの目的は何だ。金目当てか」

「わたしは、下品ではない。崇高な目的のために、動いているのだ」


 能面の怪人の後ろに、二人の人物に抱き抱えられた小田切が現れた。彼は押さえつけられ、膝まづく。

 私はショルダーバックから金の首飾りを出した。

「この、首飾りで、何をするつもりだ」


「それは、おまえの知ったことではない。早く渡せ」

 怪人は右手を差し出した。

「小田切を、こちらに渡せ、同時にだ」

 怪人は小田切の首筋の襟を掴むと引き上げ、私の向かって押しつける。同時に、私の手から首飾りをもぎ取った。一瞬の間だった。


「また会おう、戸田マヨ」

 私とすれ違いざまに、怪人は小田切の背中にナイフを突き立てた。血吹雪がが飛び散る。小田切は私の胸の中へ崩れ落ちた。

「鉄の斧、奪われた……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る