46 小田切拓真の証言と鉄の斧


 能面(蝋人形)の怪人が、何の目的をもって小田切拓真を刺したのか、分からない。刺し傷の状態から、命を絶つための行為とは思えない。私から見れば、ただ遊んでいるとしか思えないのだ。

 

 私は道警東部方面本部参事官の草薙から、しつこく詰問された。

 私は小田切の家で、洋館のリホームについて打ち合わせしている最中に、怪人に襲撃されたと説明した。小田切の意識が戻り、真実を語れば私の作り話だと知られるであろう。彼が意識が戻ったら、取り調べの前に、口車を合わせておかなければならない。


 私の説明が不明瞭だったから仕方がないのだが、だからと言って、真実を詳細に話しても、いたずらに捜査の混乱を招くだけだ。金の首飾りや鉄の斧、それらが持つ意味を説得力をもって説明するのは困難である。


 草薙は私の釈明に疑問を持ったようだ。今後は独断行動しないようにきつく言い渡された。

 そもそも、私には捜査権がないのである。警察庁特殊事件捜査課は、道府県警察とは、捜査に関して指示支援する関係にある。

 今度のことが、警察庁の佃課長に伝われば面倒なことになるかもしれない。


 この事件は、乳児拉致事件とは別件である。私個人に関する出来事である。これに、怪人が関わってきたので、話がややこしくなった。

 私個人の問題は、警察関係には知られたくないのだ。


 小田切の病室から警察本部庁舎に出向くと、刑事課は緊張した雰囲気に閉ざされていた。

 第一の函館大沼事件、藤谷朱莉の血液検査を担当した検査センターエヌ・エム・エルの検査責任者、海老原正志が出頭してきたと言うのである。函館の警察署ではなく、札幌の警察署にである。

 たしか、担当した検査技師は山田七郎という人物だったはずである。彼が血液情報を持ち出したのでは、なかったのか。

 

 東部方面本部は早急に護送態勢をとり、札幌に武装警察車両を派遣することになった。警察官は防弾チョッキ、ヘルメットの完全武装である、北見国道での蝋人形襲撃事件の二の舞は絶対避けなければならない。


 小田切拓真が入院している警察病院から私のスマホに連絡が入った。小田切が意識を取り戻したという報告である。私は海老原の護送より、小田切との面会を優先することにした。そのことを密かに竹下莉南に伝え、病院に向かった。


「何があったのか、教えてください」

 私は苛々していた。小田切を労わる余裕などなかった。

「突然、押し込まれて、何が何だか分からないうちに、締め上げられました」

 彼は呻きながら言った。


「それで?」

「鉄の斧と金の首飾りを渡せ、と……」

「あなたは鉄の斧を持っていたのに、何故わたしに隠していた?」

「鉄の斧は、私を死神から身を守るただ一つの手段だからだ。誰にも言えない」

「どうして、そのことを知った?」

「遠見先生から聞いた。あなたの父親の遠見悟志だ。先生は棺に刻まれた文字を解読し、鉄の斧のもつ意味を知っていた」


「どうして、あなたの命を、死神が狙うのです。死神の狙いは死者を黄泉の国に連れていくだけで、命を奪ったりはしない」

「死神が、あなたの父親を殺すところを見たんです。死神は人を殺し、黄泉の国に連れていくのです」

「あなたは、死神を見たのですか」

「棺の中から……。死神と目が合いました。その時、私は恐怖のあまり鉄の斧を握りしめていました」


 私は溜息をつくと、椅子に腰かけた。

「お嬢さん、あなたも、死神を見たんですか」

 私は小田切を見詰めたまま頷いた。


 死神が人を殺すとは思えない。小田切が見たものは、本当に死神だったのだろうか。もしかすると、魔界から来た異形のもの達の可能性もあるのではないか。乳児のころの私の記憶によれば、襲撃者たちは複数いて、アルハモアナの眠りを犯したものは皆殺しだ、アルハモアナをこの世から消しされ、と叫んでいた。


「棺は、どこにあるの」

 私は尋ねた。以前から気になっていたのだ。

「分かりません。私は朝になって、明るくなってから、棺を抜け出し、家に戻ったんです」

「家とは、私の家? あの洋館」

「そうです」


「私は、どうしたら、いいのでしょう」

 小田切は天井を向いたまま、大きな吐息をついて言った。

「警察の事情聴取を終えたら、私の家に来るがいい。あなたがいたあの小部屋はそのまま残してある」


 私は立ち上がった。

 そしてゆっくりと小田切を見下ろす。

「いい? 警察の事情聴取では、あの化け物に襲われた時、私と洋館のリホームについて、私と話していたと、言って。そうね、あなたのあの洋館の小部屋のことで、打ち合わせていた、とでも」

「分かりました……」

 彼はそう呟くと、大きな吐息を漏らして目を閉じた。

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