60 岩田総一郎からの招待状
スマホのメール着信音で目覚めた。
ベッドの中で画面を開く。発信者は山口とだけ記されている。私はメールを開いた。
コーヒー農場でお会いした山口です。二人だけでお会いしたいので、よろしければ場所と日時をお知らせください。
私はもう一度会いたいと思っていた。
篠原さやかの話では、夫を殺したのはコーヒー農園関係者だと聞かされていたからだ。それよりも、ないよりも篠原の脳裏に浮かんだ顔が山口に似ていたからである。
彼女の夫を殺し陽菜を拉致した者は、蝋人形の怪人以外にいないと、私は確信している。それに、私のメールアドレスを知っているのは、山口と怪人が関係していると疑う一因でもある。
山口と怪人が同一人物なら簡単だが、身長も顔の輪郭も体幹も全く違う。
念のため、山口に会ってDNAを採取したいものだ。
朝食時に、私は田崎多鶴子と狩原薫にメールを見せ相談した。
二人は会うことに同意したが、問題は会う場所だった。考えあぐねた末、場所はこの洋館の応接室にした。この指定場所に不都合があれば、山口から再度提案があるだろう。日時は今日の午後二時。その内容で返信する。
すぐ山口から返信があった。
その建物には、戸田マヨ一人でいることが承諾の条件。そう記されていた。私は即座に了解と返信した。
午後一時四十分になってから、私は洋館の前の道路に出て山口が来るのを待った。五分前になって、佐呂間の方向から軽自動車が走ってきた。その車は私の傍で止まり、運転席から女が顔を出した。山口だった。
「玄関前に停めてよろしいですか」
「どうぞ」
そう答えて、私は玄関口に戻った。
玄関ドアの前で彼女が来るのを待った。身近に彼女の匂いを嗅ぎたかったからだ。彼女は何も持たずに私の前に立った。彼女は香水をつけておらず、化粧もしていなかった。ごく普通の端正な女性という感じだ。
私はドアを開け、中に入るように促す。
彼女は靴を脱がずに玄関からフロワーに上がった。そして目を閉じ、洋館内の空気を感じているようであった。
私は書斎のドアを開け、彼女を促しながら中に入った。
彼女は書斎に入ると、室内を見回しながらコーヒーテーブルの前のソファーに腰を落とした。
「ご用件を承りたい」
私は即座に尋ねた。彼女は俯くと、笑みを浮かべた。
「実は、わたしの上司岩田総一郎が、あなたにお会いしたいと申しておるのです」
岩田総一郎、岩田総合研究所を所有する人物。かっての政界の大物、大富豪、そして私が追及の対象とした人物。
「構いませんが」
私はすぐ返答した。
「場所は、岩田の自宅です。あなた一人でくること、それが条件です」
私は答えず、彼女を見詰めた。
「私は、あなたの条件どおり、一人で指定した場所に来ました。あなたは岩田の提案を拒否するおつもりですか」
「私を呼ぶ理由は、何ですか。一介の警察官に、どのような用事があるんですか」
「それは、はっきりしています。あなたが、岩田総一郎を捜査対象とした、その理由を訊きたいのでしょう」
私は吐息をついて立ち上がった。
ワゴンの二つのコップにオレンジジュースを注ぐ。一つを彼女の前に置き、もう一つを手にしてソファーに腰を落とした。
私はコップを唇に当て、彼女を見詰めたままジュースを飲んだ。
「自宅はどこにあるんですか」
「東京、白金です」
「それでは、外で会いましょう」
彼女は私を見詰めて、再び笑みを浮かべた。
「それは、無理です。岩田は体調が思わしくなく、外には出られないのです」
「捜査上のことであるなら、メールでもできるでしょう」
「分かりました。はっきり言いましょう。捜査上の事とは関心がありません。岩田は直接会って話をしたいと言っています。何故なら、あなたは産まれた時には、男であったからです」
私は息を飲んだ。
「岩田はあなた個人に関心を持っています。岩田に会えば、あなたにも、利益があるかもしれません」
岩田研究所は何を研究しているのだろう。乳児拉致事件、ミトコンドリアDNAと関りがあるのだろうか。
「あなたが、わたしの命を保障したように、わたしもあなたの安全を保障します」
「岩田は、金の首飾りと鉄の斧を持っているのですか」
「それは、会って確認されたらどうです」
「ジュースをどうぞ」
「有難うございます。でも結構です」
「わかりました。会いましょう」
山口は立ち上がった。
「女満別空港に自家用機を待機させています。これからよろしいですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます