25 死神
「し、に、が、み~」
私の声は震えている。
「わたしは、神ではない。黄泉の国から、死者を導くために来た者だ」
それを死神と言うんだよ、私たちの世界では。
死神は赤ん坊を抱き上げた。
「その子は、茂尻山荘で拉致した、黒田美月だな」
「そうだ。だが、拉致したわけではない。殺人者から保護しただけだ」
「死神が、どうして人の命を守るのだ」
「この子は、死ぬには、まだ早い。天の摂理に反することだ」
「大沼の藤谷朱莉も、佐呂間の藤原陽菜も、おまえの仕業か」
「私ではない。保護するのが、遅くなったのだ。拉致したのは、おまえたちと同じ人間だ」
「それは、何者だ」
「今となっては、わたしには、関係ない。だが、おまえがその人間を殺せば、わたしは即座に黄泉の国に連れていこうではないか」
「その子を、今すぐ私に返してほしい。今すぐだ」
「それは、だめだ。今のおまえでは、この子を守れない」
「それでは、その子を、このままずっとここに置いておくつもりか」
「ただ一つ、方法がある。わたしの条件を呑めば、返してやってもいい」
息を殺して、私は死神の次の言葉を待った。
「おまえの母親の体から、アルハモアナを追い出すのだ」
私は思わず自分の言葉を飲み込んだ。突然母のことが出てきたからだ。しかも、アルハモアナとの関係で。
「私の母は生きているのか」
「生きている。それは確かだ。私に死の知らせがきていない」
私は苛々してきた。一問一答では、拉致があかない。訊きたいことは山ほどあるのに。
「母は今どこにいるのだ。今何をしているのだ」
「それを探るのは、おまえの仕事だ。お前が解決しなければ、物事は何も変わらない。わたしは人の生死にしか関わることができないのだ」
「仕方がない。ただ後二つ教えてほしいことがある。いいか?」
「いいだろう。だが、条件がある。美月の世話をしているこの乳母は、なにも知らない。美月が生きていくためには大事な人間だ。だからお前たちはここから黙って去り、いかなる人にも、他言してはならない。出来るか」
私は大きく頷いた。
「それなら、言ってみろ」
「何故、母の体からアルハモアナを追い出さなければならないのだ」
「アルハモアは、何千年も前に死んでいるのだ。それなのに、魔力を使って生き延びてきた。これは天の摂理に反することだ。わたしは、アルハモアナを黄泉の国に連れて行かなければならい。それが、わたしの使命だ」
「朱莉と陽菜は、どこにいる」
ウム……。
死神の歯ぎしりが響く。
「二人は、強固な砦の中に、囚われている。わたしでも、手が出せない」
「場所は、何処だ」
「それを捜すのが、お前の使命だ。だが、一つだけ言っておく。二人の命は、後半年で消えてなくなる。体の中に、新たな細胞間伝達物質が生成されるからだ」
「二人を拉致したのは、何者だ」
私は声を振り絞って叫んだ。
修道院内が光に包まれた。
死神が消えた。
私の足元に乳母が美月を抱いてうずくまっている。
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