37 茂尻古墳と狼犬ブルース(2)

 

「はい。妻の父親から聞きました。あの別荘を建てたのは五年前ですが、古墳のことを聞いたのは確かその前、八年前のことだったと思います」

 私は小さく頷いて、次の言葉を待った。


「重機を使って、森林の整地をしていたところ、人工的に切断された石板が出て来たそうです。そこを更に掘り下げると、石窟が現れ、その中に木棺が入っていたそうです。二十数年前のことだった、と義父が話したことを記憶しています」


「その方とお会いできるでしょうか」

「七年前、妻と結婚した年の暮れに亡くなりました」

「他に、詳しく知っておられる方は、おられますか」

「そうですね、調査をした考古学者なら詳しいと思いますが、その方も亡くなられたそうですので、ほかに思い当たりません」

 その考古学者とは、私の父遠見悟志だ。


「先ほど、奥様の希望で、あの場所に山荘を建てられたとお聞きしましたが、何故、その場所を望まれたのか、聞かれておりますか」

「はい、聞いております。御伽噺のような話ですが」黒田はそう言って、笑みを浮かべ、私を見詰めた。

「私と結婚する前の年のことですが、妻に不思議なことが起きたそうなんです。友人と、ペンケキプシュナイ川沿いの道を歩いていたとき、ヒグマと出くわしたそうなんです。身動きができなくなった時、一匹の犬が現れ……、それが狼のような犬で、妻と友人を、ヒグマから守ってくれたそうです」

 そこまで話すと、黒田は一息ついて私の顔色を窺った。

 私が真剣な眼差しで聞いているのを感じたのか、彼は話を続けた。

「その犬が、何度も振り返りながら、歩いて行くので、ついていくと、あの古墳の場所に出たというのです」


 まさに御伽噺。私も笑みを浮かべた。

「そこに、祠があったそうです。そう古墳のあった所です。義父が祠をたて、ミイラの霊を祭っていたんですね」

 

 私は大きく頷いた。

「そうしますと、山荘の地下に石窟があるんですね」

「いえ、石窟は、前庭にあります。私の書斎から地下道で繋がっています。石窟を荒らされないようにするためです」

 なるほど、私は再び呟いた。だから、あの書斎を出入り禁止にしたのか。


 私はコーヒーを飲んだ。

 黒田雄一は愛妻家だ。馴れ初めも訊きたいところだが、今日は止めにしておこう。


「もしかして、その犬が、ブルース、ですか」

「そうです。妻はその犬がミイラの飼い犬だったと信じています。そこまでいくと、完全に御伽噺になってしまいますけど」

 黒田はそう言うと、声を出して笑った。


 御伽噺などではない。それが真実だろう。

「古墳には、もしかして、ミイラの犬もいたんじゃないですか」

 私も笑いを込めて訊いた。

「あったそうです、小さな木棺があって、その中にミイラの犬が入っていたそうです」

 彼の笑いが止まらない。

「その、木棺、どうしたんでしょう」

「義父の話ですと、自分の家に隠したそうです。理由は分かりませんが」


 そのブルースを死神が殺した。

 いや、殺していないかもしれない。私は無性にブルースに会ってみたくなった。


「ブルースを、どうしました。火葬にしましたか」

「いえ、妻が防腐処理をして、石窟に埋葬しています」


「黒田さん、ブルースを調べさせてください。事件解決の糸口を掴めるかもしれません」

 彼は真顔になって私を見詰めた。

「分かりました。少しお待ちください」

 黒田は応接室を出ていった。


 七分ほど待たされた。

 黒田は応接室に入ってくるなり、私に告げた。

「今夜の八時の便で、千歳空港に参りましょう」

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