38 真夜中の茂尻山荘
北海道千歳空港には、五分遅れの午後九時四十分に着いた。
山荘の管理人花村正が迎えにきていた。
黒田雄一は花村と挨拶程度の簡単な言葉を交わすと、私を促して空港の外の出た。駐車場で乗用車に乗る。車はすぐ発車した。
車は千歳ICから道央自動車道に入った。
黒田も花村も言葉を交わさなかった。重苦しい雰囲気が車内を閉じ込める。私は吐息を堪えて、目を閉じた。車はまっすぐに北上していく。ショルダーバックを抱えたまま、私は眠りに落ちてしまった。
滝川ICで目が覚めた。
車は国道38号線(芦別国道)を空知川沿いに西に進む。赤平市に入り、赤平高校を右に見て、茂尻の町に入って行く。百戸橋の通りを過ぎ、さらに進むと、ペンケキプシュナイ川に出た。川に沿って北上する。ここからは土地勘がある。
「戸田さんは、どこの出身ですか」
黒田が初めて口を開いた。
「北海道です」
「ほっ。北海道のどちらですか」
「佐呂間です」
「いいですね。私は東京のど真ん中です。故郷がないんです」
外は真っ暗だった。前方にヘッドライトに照らされたオフロードが浮かび上がっている。車は左折し、なだらかな坂道を上がっていく。やがて、山荘の前庭に出た。
山荘から花村夫人がランタンを持って歩いてくる。
私は時計を見た。夜半を過ぎていた。
黒田は私を促して、山荘に歩いて行く。私はショルダーバックを抱えて後に続いた。車は車庫に向かって走っていく。
「こんな遅くに来てしまって、申しわけありません」
彼は玄関ホールに入りながら花村夫人に声をかけた。丁寧な言葉遣いだった。
彼は土足のまま玄関ホールに入った。私は少し躊躇ったが、土足のまま彼の後に続いた。
「何かめしあがりますか」
花村夫人が黒田に尋ねた。
「私は、温かいミルクをください」
「畏まりました」彼女はそう返事をして、私の顔を窺った。
「戸田様は、いかがなさいます」
「私も、ミルクをいただきます」
喉が渇いていたので、そう答えた。
リビングルームに入り、私はテーブルの椅子にショルダーバックを置いた。
黒田は南面のドアの鍵穴に鍵を差し込み、開けた。
「戸田さん、ここが私の書斎です。明日、石窟にご案内いたします」
私と黒田はテーブルでミルクを飲んだ。
黒田は積極的に自分から話をするタイプではなかった。私もどちらかと言うと、寡黙なほうだ。私たちは一言も言葉を交わさず、ミルクを飲み干した。管理人の花村正がリビングルームに入ってきた。
「ご主人さま、明日のご予定は?」
「戸田さんに、石窟をお見せし、ブルースを引き渡したら、直ちに東京に戻ります」
「そのように、準備しておきます」
スマートホーンの着信音が鳴った。
狩原薫からだった。明日、十時には山荘に着くというメールだった。
「明日十時に、部下がこちらにまいります。よろしくお願いいたします。以前、私とこちらに伺った狩原です」
花村夫人が私に声をかけた。
「寝室にご案内いたします」
私は黒田と花村正に頭を下げて、彼女の案内で二階に上がった。
前に来た時と同じ二階の角部屋のゲストルームだった。
今夜も、死神に会えるかな……。私はそっと呟いてみた。
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