27 捜査会議


「突破口が見えましたな」東部方面本部参事官の草薙太郎が顔を綻ばせた。

「函館の事件の鍵を握っているのは、山田七郎、佐呂間の事件の鍵を握っているのは、黒川保。どちらも、検査センターはエス、エマ、エル」


 捜査課の今井警部補の班が、佐呂間事件の篠原陽菜の検査センターから、担当検査技師を突き止めていたのだ。

 山田七郎、黒川保、どちらかを捕捉すれば、事件の真相に近づくことは明らかだ。

 この二人を取り調べれば、真犯人が警察の捜査妨害を狙って現れるかもしれない。


 茂尻の事件、黒田美月のほうは、東京の両親黒田夫妻の聴取が必要である。既に、田崎多鶴子が東京に出向いている。間もなく、連絡があるだろう。


 佐呂間殺人事件の捜査は難航していた。目撃情報が得られなかったからだ。

 監視カメラの情報をつぶさに調べあげ、不審人物の洗い出しを続けている。だが、有力な情報は得られなかった。現場検証においても、犯人に繋がる物的証拠は得ることはできないでいる。篠原さやかに逃げられた他は、完璧に近い手口。おそらくプロの殺し屋の仕業だ。


「安田課長、乳児院のほうはどうでしたか」

 私は捜査課長に尋ねる。

「身許不明の乳児はいませんでした」とさりげなく答えると、訊き返してきた。

「乳児拉致の目的が分かりませんね。戸田警視、なぜ、血液に目をつけたのですか」

「たいした理由はありません。捜査の糸口の一つと思ったからです」


「乳児の血液が、糸口だとしたら、どのようなことが、考えられるのでしょうか」

 たしかに、そうだ。だが、それが分かったら、こんなに苦労することもない。アルハモアナのことを話しても、捜査を混乱させるだけだ。まして、死神の話など、論外である。

「どちらにせよ、高度な専門的な知識が必要になりそうですね」

 私はそう言ってその場を濁した。


 私は狩原、竹下と共に、篠原さやかに面会するため、警察病院に行った。この前と同じく、今井が同行してくれた。

 篠原さやかは、一般病棟の個室に移っていた。個室のドアには、警護の警察官が椅子に座っている。

 私たちは担当医師と共に病室に入った。


 篠原さやかはベッドに横たわっていた。頭上の壁のバイタル表示板が点滅している。人工呼吸器は外され、点滴棒だけが立っている。

「命を取り留めましたが、まだ意識が戻りません」

 医師はそう言って、私を見詰めた。

「バイタルは、問題ないようですね。脳を損傷したのでしょうか」

「ええ、記憶中枢に出血がありまして、手術で摘出したのですが、予後はあまりよくありません」

「最悪の場合、このままということも」

「最悪のケースは、遷延性意識障害になる可能性があります」


 私は枕元の椅子に座り、篠原の右手を握った。

 そっと、心を澄ます。

 彼女の脳波が揺れながら伝わってくる。私はその波を手繰り寄せる。波は徐々に強く波打ってくる。


 わたしの、ヒナを、どうしたっ。

 突然、私の脳の中に絶叫が木霊した。

 篠原は、私の手を強く握り締め、真っ赤な両眼を見開き、私を見詰めている。


 バイタル表示板を見上げた。

 血圧が二百、脈拍は百七十。

 私は篠原の手を振り払い、立ち上がった。


 担当医師は椅子に腰を落とすと、篠原の首筋に手を当ててバイタル表示板を見上げた。血圧は百三十二、脈拍七十六。


「刑事さん、彼女に何をしましたか」

「何も……。ただ手を握っただけです」

 担当医師は立ち上がると、私を見詰めた。

「今日は、もうお帰りください」

 私は深く頭を下げると、病室を出た。


「マヨ、何があったの」

 狩原が私の顔を覗き込んで訊いた。

「篠原さやかの、赤い目を見た? 見たでしょう」

「いいえ、篠原は、ずっと目を閉じていた」

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