28 壁の中の秘密の箱
寝室の工事は、照明工事を除いてほぼ終わっている。
洋館の二階、新しくなったその寝室で、私は小さな丸テーブルを前にして、書類の整理をしている。
リホーム工事の音が、隣の部屋から響いてくる。
今日は早朝から、隣の子供部屋からチャイルドベッドを、書斎からは飾り棚の民芸品、書棚の本、書類を、私は狩原と共に寝室に運び込んだ。寝室の床は、本と書類の山になっている。
かっての私の子供部屋とその隣の書斎、そして一階の工事が今朝から始まった。寝室の工事を、他の工事と切り離して行ったので、割高になったが仕方がない。
「マヨ、工事の人、呼んでいるよ」狩原が本を一冊手にして入ってきた。
「仕切りの壁の、飾り棚に、箱が組み込まれているって」
私は廊下に出、奥の書斎に向かった。
書斎で三人が作業をしていた。
そのうちの一人が、私を見ると、隣の部屋との壁を指さした。壁抜きの工事は半分ほど進んでいる。残された中央の飾り棚の壁から、蓋の付いた箱状の物体の一部が露出している。私は書斎に入り、その箱を擦ってみた。中に何かが入っている。
「壊さずに、取り出せますか」
「はい」
彼はバーベルを持って、周囲の壁を壊し始めた。
箱が浮き上がってくる。床にバーベルを置き、箱を両手で掴んで壁から引き剥がした。
「何か、入っていますね。お宝かも」
彼はにやりと笑って箱を私の前に差し出した。私もにやりと笑って受け取る。
横二十センチ、縦三十センチ、厚み三センチほどの木箱だった。重さは単行本一冊ほどで、想像したほど重くはなかった。
私は慎重に両手で持って寝室に戻った。
箱をテーブルに置き、椅子に腰かけて、観察する。箱には蓋が付いていて、四方の端を螺子で留めてある。
「薫姉さん、螺子回し借りてきて、星型のやつ」
私は横に立っている狩原に言った。
私は両手を箱の蓋に当て、神経を集中する。
箱の中は穏やかだった。
だが胸騒ぎがする。
狩原が私にねじ回しを渡した。
戸口から作業人が覗いている。
私は一つ咳払いをすると、螺子を回し始めた。四つの螺子を外し、蓋に手を掛ける。狩原が隣の椅子に腰かけて覗き込む。
「薫ねえさん、少し離れて。ヤバいものが入っていたら、ほんとにヤバいから」
私はそっと蓋を開ける。
B五サイズのノートだった。三十年以上の歳月が経っているのに、変色していなかった。箱から取り出し、テーブルに置く。表紙の表題は「アルハモアナの記録」。父の名、遠見悟志が記されている。
私はページを捲った。
数ページ、白紙が続き、最初の記録は、アルハモアナの発見場所の記述であった。
大きな字で殴り書きされている。記録というよりメモ書きに近い。
その位置は、絵地図で記されている。
茂尻、ペンケキプシュナイ川を北に上った先、小高い丘の上だった。
「茂尻山荘……」
狩原が呟いた。
「あの山荘は、古墳の上に建てられていた、ということ?」
私は狩原を見詰めた。
「なんか、繋がりがありそうね」狩原が答えた。
「一度、あの山荘の主人、たしか黒田……」
「黒田雄一、真知夫妻」
「そう、その夫妻、一度会っておく必要がありそうですね」
その意見に異存はない。田崎が接触して、何かの感触を知らせてくれるだろう。私が東京に行くのは、田崎の報告を聞いてからでも遅くない。
ページを捲った。発見の経緯は書かれていない。何故父があんな山奥で、古墳を発見することができたのか、その理由は不明だ。
写真が二枚挟まれている。
一枚は古墳の写真。
古墳というよりは、室(むろ)に近かった。粗末な造りである。こんな環境でよく腐食せずに、ミイラとして残っていたものだ。
もう一枚はミイラの写真。
この洋館の地下室にあった肖像画に隠されていた写真は顔写真だったが、この写真はミイラの全体像が写っている。金の首飾りを付け、右手に鉄の斧を握っている。
隣室の工事が再開した。壁を打ち砕く音が響いてくる。
「コーヒー、入れてくる」
狩原が立ち上がった。
私は次のページを捲る。
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