15 新しい仲間 竹下莉南
捜査会議場で多くの捜査員を目の前にして座るのは初めてだった。捜査課長の安田は私の右隣にいる。警部時代、警視庁公安部に三年間出向していたが、こうした経験はなかった。警視庁では、私はお客様のようなものだったから、一番後ろの席で会議の進行を眺めていてもお咎めなしだったのである。
田崎と狩原は最後列の机に座って、にやにや私を見ている。
筆頭係長と思しき男がそつなく会議を進行させていく。
私は目を細めて捜査員の一人一人を見ていく。すべての顔を記憶に焼き付かせた。全部で三十五人。後は必要に応じて個人情報を上塗りしていくだけだ。
被害者の名は篠原守三十一歳。職業は古物商。北見で父の代から営んでいる長い経歴を持つ老舗である。もう一人の被害者は妻の篠原さやか二十八歳。結婚して二年三か月になる。拉致された乳児は女児、名は陽菜、生後五か月である。
殺人事件発生日時は、八月四日午後九時から十一時の間。
現場は佐呂間町南部。
乳児拉致事件発生日時は、八月四日午後十一時四十分から翌日午前一時の間。
篠原守は一階のリビングで撲殺されていた。凶器は棍棒状の物。まだ発見されていない。
捜査会議で問題視されたのは、すべてのドアが施錠されていたということだった。犯人と母子はどのような状況で家から外に出たのか。その答えをいまだ掴んでいなかった。
現場周囲の聞き込みで、近くの住人が当日の深夜悲鳴とエンジン音を聞いている。事件にかかる具体的痕跡はそれだけで、犯人に繋がる手掛かりは得ていない。
個人的な恨みの線や、商売上のトラブルを調べたが、事件と結びつく案件はなかったと報告された。
それに厄介な問題が一つ残っている。
篠原守の殺害と娘陽菜の拉致事件との関係である。
私はこっそりとスマホの写真を開いた。犯行現場の二階の寝室にあった写真立ての画像を見る。私の家、あの洋館が写っている画像である。
「戸田警視、何かご意見がありますか」
安田が訊いた。私はあわててスマホを閉じる。
「いえ、今の所はなにも……」
私はさりげなく答えた。
最後に捜査員たちから今後の捜査について意見がでた。その中に、一つ注目すべき視点があった。乳児拉致事件にかかる、二つの未解決事件との関連性を調べるというものだった。発言した若い女性には見覚えがある。今井班の竹下である。
その日の捜査会議では、今までの捜査の延長戦上に立って地道に継続していく、という方針を確認した。
捜査会議を終えて、私は田崎、狩原と共に捜査課長隣の会議用テーブルで、コーヒーを飲んだ。
「戸田警視は、この事件、どう思われます?」
安田は自席から声をかけてきた。
「まだ分かりませんが、面倒な事件ですね」
私はありきたりな返事を返す。彼はコーヒーを飲みながら頷く。
「安田さん、陽菜が生まれた産院を調べていただけますか」
私はさり気なく声を掛ける。
「産院ですか……」
「はい。とりあえず、道内のすべての乳児院を調べて、陽菜がいるかどうか、念のため調べたらどうでしょうか。徒労に終わるかもしれませんが」
「わかりました。すぐやりましょう」
「それから陽菜のDNAに、異常がないか調べてほしいのですが」
安田はコーヒーカップを持って立ち上がった。
「いえ、特段の意味はないのですが、類似事件が二件ありますから、その関りで」
「分かりました。やってみましょう」
今井班のメンバーが安田課長の前に集まってきた。
安田は乳児院とDNAの案件を、今井に指示する。
コーヒーを飲み終えた私は、立ち上がり安田の前に立った。
「私は二件の未解決事件を調べます。一つは北部方面本部の案件、もう一つは南部方面本部の案件です。この件について、道警本部に連絡を願いたいのですが。私たちは数日中に北方面本部の事件現場、茂尻という町に向かいます」
「分かりました。本部長の了承を得て、そのように手配いたします」
「課長、私をその捜査に加えていただきたいのですが」
竹下がそう言ってから、私の顔を伺った。
「どうですか、戸田警視」
安田も私の顔を見る。
私は田崎と狩原の顔を伺う。今まで三人だけで事件に当たってきた。彼女たちがどう思うか、少し不安だった。なにしろ田崎は母親のような存在だったし、狩原は姉のように振る舞う存在であったからである。
「私たちは、賛成です。現地の警察との潤滑油になると思いますから」
田崎が表情を変えずに言った。狩原も頷く。
「竹下さん、バイクの運転ができますか」
「はい。交通安全課にいましたから」
「危険な仕事ですが、大丈夫ですか」
「覚悟はしています」
「それでは、あなたは、今日から私たちの仲間です」
「竹下莉南です。よろしくお願いします」
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