16 洋館をリホームして、住居兼仕事場にする
洋館の大広間のテーブルを、狩原薫が雑巾で拭く。私はテーブルの周りに木椅子を四つ並べる。
館内を見回ってきた業者が大広間に入ってきた。スーツ姿の若い男と頭にタオルを巻いた年配の作業員である。
田崎多鶴子がポットから湯を急須に注ぎ茶をいれる。遅れて小田切拓真が入ってきて、権利書と建築確認書をテーブルの上に置いた。
「風変わりな家ですね。なかなかお目にかかれない代物です。確認書によると、建築年月日は四十年前ですね」
「両親が、考古学をやっていたものですから」
私は三人にお茶をすすめながら言った。
若者と作業員は椅子に腰かける。
「それで、リホームはどのようになさるのですか」
若者が尋ねる。
「この家を、住居兼仕事場として使います」
私はそう言ってテーブルに手書きのA三サイズの平面図を広げた。そして一階部分の玄関を指さす。
「まず玄関ドアを変えてください。そして床面の段差を無くし、床は靴を履いたまま上がれるように板張りにしてください。すべての壁はグレイのクロス張りにします」
「二階もですね」
私は頷いて話を続ける。
「キッチン、風呂、トイレは新しくします。二階の寝室は部屋の仕切りを取り除き、大広間にしてください。床は板張りにし、そこに新しいベッド四つを置きます。それから窓のサッシはすべて新しくしてください。勿論ペアガラスの二重窓で」
作業員が平面図を指さした。
「ここと、広間に隣接する小部屋と、地下室、それから応接室はどうします」
「小田切さん、あなたの寝室はどうします。この小部屋でよろしいですか」
小田切は苦笑した。
「この前、話したでしょう。私はここに住まない、と」
「それでは、困るわ。あなたには訊きたいことが山ほどあるし、やってもらいたい事も、沢山あるから」
「私に用がある時は、電話かメールをください。必ず来ますから」
私はやむおえず頷く。作業員との話を続ける。
「とりあえず、小部屋と地下室は保留します。玄関上がりの応接間は床の張替え以外は、そのままで、手を入れなくて結構です。二階を先にやってください。最初に寝室、工事が終わり次第、寝泊まりしますから。次に書斎、隣の子供部屋との仕切りを取って、一つにしてください。あ、電気はいつ通じますか」
「工事用の電源を取り付けますから、そこから一時的に、寝室に配線しましょう」
「屋根、外壁はどうします」
「見て頂いて、問題がなければ、このままで」
「予算はいかほどですか」
スーツ姿の若者が尋ねる。
「一千万以内で、お願いします」
一千万は、養父母の遺産で賄える額だ。
「一週間以内に、見積もりと具体的な仕様案をお持ちします」
リホームの子細は、その見積書と具体的な仕様案をもとに検討することになるだろう。
業者が帰った後、田崎は小田切に声をかけた。
「小田切さん、甘いものはお好きですか」
「ええ」
彼は頷く。
狩原が私の前の椅子を引いて、どうぞ、と言う。彼が腰を落とすと、田崎が薄紙を敷いて、その上に豆大福を二個並べた。狩原はお茶をいれ、彼の前に置く。
「私たち、四人は、これから家族同然ですから」
彼は苦笑いしながら大福を摘まみ口に運ぶ。
「小田切さん、私たちはこの家のことも、マヨの両親のことも、十九年前の事件のことも、殆ど知らないのです。小田切さんが、頼りなの」
田崎は私の隣に座り、大福を食べながら言った。
その通りだが、彼女の話し方に切実感が感じられないのは残念だ。
「分かっています」小田切は顔を綻ばせて言った。
「何でも、訊いてください。協力しますので」
「有難うございます。私と狩原は明日から仕事で留守にしますが、何かあれば田崎に話してください」
「分かりました。私は所用がありますので、今日はこれで失礼します」
彼は大福を手に持つと立ち上がった。
三人だけが残った。
「田崎さん、私がいない間、日中はここに詰めてください。業者や小田切がくるかもしれませんから」私は腕を組んで言った。
「ここにパソコンを持ち込んで、調べものをしてください。とりあえず、二十九年前の事件の概要、それから古墳の所在地とその概要。時間があれば、母の行方も」
田崎は耳を掻いて、私に笑顔を向けた。
「相変わらず、無理な注文を出すのね」
私も笑みを浮かべる。
「田鶴母さんは、調査のプロだから」
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