17 茂尻山荘は森の奥にあった
三台のバイクは、富良野を通り過ぎ芦別国道(38号線)を空知川沿いに西に向かう。バイクは400CCの黒色のオフロードバイク。竹下莉南の勧めで、オフロードバイクをレンタルしたのだ。先頭は竹下莉南、その次は私、最後尾は狩原薫である。
平岸を通り過ぎ、茂尻に入る。閑散とした町並みを少し進むと、竹下はサインを出し、バイクを右折させた。大きな橋が架かっている。橋げたに百戸橋と名が記されている。橋を渡れば、百戸と言う名の山村があるのだろう。
橋を渡って間もなく右折する。
舗装された道路を一キロ半ほど走ると、川に出くわした。そこから川沿いに北上する道はオフロードである。
竹下はバイクを止め、バックシートに地図を広げた。
「ここからは、荒れた道になるわ。目的地までは八キロほどある。ゆっくり行きましょう」
彼女はそう言って、リュックから水筒を出して飲んだ。
地図で見ると、この川はペンケキプシュナイ川。清流だった。川幅が狭く浅い。対岸まで歩いていけそうだ。
私も狩原もオフロードバイクに乗るのは初めてだった。
いつも乗っている千CCの大型バイクに比べ、車体が細く軽い。車高が高く見張らしがいい。そうサーキットを走っている感じだ。
だがオフロードを走るのには、慣れが必要だ。慣れて、タイヤからの情報を受け止める感覚を会得する必要がありそうだ。そうすればスライドコントロール術も自ずと身についてくるのだろう。
竹下は左のわだちに車輪を入れ軽快に走っていく。
ペンケキプシュナイ川沿いに北上すること三十分、川は無くなり、さらに曲がりくねった道を進む。やがて舗装された道路に出、その緩やかに傾斜した道を行くと、白い外壁の山荘が見えてきた。
「あの家ですね」
竹下が言った。
ここまでの道は、普通バイクで問題なさそうだ。竹下は初めての山道だったので、慎重を期したのだろう。
山荘への位置の門扉が開かれている。
まっすぐ前庭に入って行く。
どうして、こんな山奥に山荘を建てたのか。私は違和感を感じた。
山荘の玄関に、老女が一人立っている。
私たちはバイクを止める。竹下は彼女に向かって歩き会釈をする。連絡を差し上げました警察の者です、と名乗った。
「どうぞ、お入りください。警察署から聞いております」
穏やかな口調で言って、老女は山荘の中に入って行く。
中は別世界だった。中世ヨーロッパの城の中に迷い込んだかのような錯覚に陥る。
広い玄関ホールには、装飾を施した照明器具が満ち溢れている。リビングルームと一体になった仕切りの無い大広間である。
私は汚れたブーツのままで入ることに躊躇した。
「スリッパをお借りできますか」
私が尋ねると、老女が微かに微笑み、スリッパを持ってきて三足を大理石の床に並べた。
「豪華な照明ですけど、電気はどうされているのですか。架線が引かれていないようですが」
私はスリッパに履き替えながら訊いた。
「地下に発電装置と、蓄電池があります。私にはよく分かりませんが、電気で苦労することはありません」
彼女は私たちをリビングルームのテーブルに案内した。
「申し遅れましたが、私はここの管理を主人とともにしております花村と申します」
老女はそう自己紹介して、椅子に腰かけるように促す。
「私は警察庁の戸田と申します。こちらは、同じく狩原。それから、こちらが道警本部の竹下です」
「よろしくお願いします」
彼女はゆっくりと深く頭を下げた。
「お昼の食事は、済まされていますか」
花村夫人が尋ねる。
「まだですが、お昼の弁当は用意しております」私はショルダーバックを持ち上げてみせた。
「ここで、食事をしても、よろしいですか」
「どうぞ、お茶を用意いたします」
私たちはコンビニで買った弁当を開いて食べ始めた。
「主人は買い物に出かけております。帰るのは夕方になりますが、お待ちになりますか」
夫人はお茶をテーブルに置きながら言った。
「待たせてもらいます」私は食事の手を止めて言った。
「その前に、奥様からも、いくつかお聞きしておきたいことがあります。よろしいでしょうか」
「はい。私は、庭に出ておりますので、声を掛けてください」
「それから、この周辺の詳細な地図がありますか。あればお借りしたいのですが」
「お持ちいたします」
五分ほど経って、夫人は折りたたんだ地図をテーブルに置いた。
「少し汚れていますが、よろしければ」
「有難うございます」
私たちは彼女に向かって頭を下げた。
花村夫人は品格のある穏やかな女性だった。
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