65 岩田邸にて怪人サクラと会う


 翌朝、岩田総一郎との約束の時間十時に、私は岩田邸を訪れた。

 昨夜は都内のホテルの一室でうなされ続けた。私の体に入り込んだアルハモアナが、体の隅々まで探りまくっていたからだ。


 だが、心配していた事態にはならなかった。アルハモアナが私の意思決定、行動に関与してくることはなかったからだ。二重人格になるかもしれないと、私は恐れていた。今のところ、その心配はなさそうだ。

 今は静かだ。よほど居心地がいいのだろう。


 三日前初めて岩田邸を訪れたときの召使いの老女が、今日も私を応接室に案内した。

 応接室は寝室の隣にあった。

 四、五十人が集合し会議が出来そうな、天井が高く広い空間だった。天井から豪華なシャンデリアが吊るされてある。壁も床も石造りだった。その応接室の中央にぽつんと木椅子が置かれてある。まるで尋問室のようである。


「旦那様は、まだお休み中でございます。しばらくお待ちください」

 老女はそう言って、私に椅子に座るように促す。


 老女が去り、一人になった。

 私はゆっくりと応接室を見回す。石造りの壁面にはカメラアイなどの電子機器が設置されていない。だが、私の聴覚には微かに電磁波が響いてくる。


 背筋を伸ばし、私は目を閉じた。

 アルハモアナよ、何か感じないか……?

 私はアルハモアナに語りかける。

 返答がない。


 アルハモアナ?

 私は再び語りかける。

 

 アルハモアナは沈黙を続けている。

 電磁波が徐々に強まってくる。そして私の体を締め付ける。


 わたしは考えるのを止めにした。ただ自分の呼吸に集中して瞑想する。どのくらい時間が経っただろう。十分、三十分、それとも一時間……。


 目の前が突然明るくなった。

 目を開けると、目の前の石の壁面が天井まで縦に裂け、隣室から光が差し込んできている。その裂け目が開き切ると、その中から車椅子が現れた。車椅子を押しているのは、秘書の山口和香だ。車椅子の中には、顔を覆う深い帽子を被った岩田総一郎が体を丸めている。


 車椅子は私の目の前で止まった。岩田の顔とは四十センチほどしか離れていない。


「戸田マヨ、早速本題に入ろう」

 枯れた声がした。

 微かに見開いた両眼と呼吸の息が目前にある。

「これからすぐ、私の研究所に行ってもらう。そこで、おまえの体を隅々まで調べる。もし、わたしの期待が損なわれたら、おまえをどう料理しようか」

 岩田の口角が上がる。

「心配するな。わたしは紳士なのだ、野蛮なことはしない」


「わたしから、お願いがある。聞いてもらえるか」

「何だ?」

「金の首飾りと乳児二人を、今返してもらいたい」

「金の首飾りは返してやろう。乳児は研究所にいる。研究所に行けば、おまえに引き渡してもいい。おまえが協力する気があるなら」

 

 私は頷いた。そして話を続ける。

「もう一つ、あなたの孫のクローン、サクラに会わせてもらう」

「会って、どうする」

「本当にいるのかどうか、確認したいだけだ」

「いいだろう。山口に案内させる」


 岩田は懐から金の首飾りを出し、山口に渡した。その時。彼の左手に一瞬鉄の斧が見えた。

 山口は私に金の首飾りを渡した。

「ここで、お待ちください」

 彼女はそう言うと、車椅子を押して寝室に戻っていった。

 私は金の首飾りをショルダーバックに入れ、バックを襷掛けにした。


 山口に案内され、私は玄関口にあった扉の中に入り、地下室への階段を下りていく。地下廊下を二十メートルほど進む。突き当りの扉の中に入る。コンクリートの内壁のがらんとした大部屋だった。赤い非常灯の下に、大きなケージ(鳥かご)があった。


 山口は私に振り向いた。そしてそのケージに向かって歩いていく。私もケージに近付く。

 ケージの中に人間がいた。足枷がつけられ、首に鎖が巻かれている。その顔が私に向けられ、にやりと笑みを浮かべた。

 美しい少女だった。


 初めて山口に会ったとき、何処かで前に会ったことがあると感じた。その謎が解けた。山口の一重のあの涼し気な眼差しは、サクラの眼差しそのものだ。


 私は山口を見詰めた。

 彼女は私から視線を外すと、扉の外に出ていった。


「あなたは、何者?」

 私は息を殺して尋ねた。

「戸田マヨ、見学にきたか」


「あなたは、何者なの。わたしたちを襲った、あの蝋人形のごとき怪物なの」

「わたしは、失敗したようだ。おまえを殺しておくべきだった……」


「あなたは、どうして、人を殺す? 殺す必要のない者まで」

「お爺様を救うためだ。お爺様のためなら、なんでもする」

「そのお爺様が、あなたをここに閉じ込め、酷い仕打ちをしている。それでも、そう思うのか」

「ここでの生活、苦痛ではない。おまえが心配することではない」


「あなたの祖父は、あなたを殺人者として、警察に引き渡すことを了承した。それでも、そう思うのか」

 サクラは俯いたが、声を出して笑いながら私を見詰めた。

「わたしは、何も恐れない」


 私は出口に体を向けた。

「マヨ……」背中にサクラの声がした。

「わたしは、何者なの……」

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