77 最終話 あなたは何者?
佐呂間の洋館に戻ってから一週間、私は一階のリビングルームで「乳児拉致事件、それに伴う殺人事件」についての報告書をまとめ上げた。事実半分、創作半分の報告書であった。
警察庁特殊事件捜査課への帰任は二日後と決まった。
軽井沢遷延性病棟からの連絡では、母は日に日に回復しているようだ。私が東京に戻り母が会話ができるようになったら、東京の専門病院に転院させるつもりだ。
残された問題は、アルハモアナのミイラが入った棺をどうするかだ。
棺は応接間寄りの壁際に台座に載せて置いてある。
私は棺の傍まで行った。
台座の下で、ブルースがラム肉を食べて眠っている。
{ブルースよ」私は呼びかける。
「おまえは、これからムフタールと呼ばれるのだな。アルハモアナが、必ずおまえを迎えに来る。それまで、ここで待つのだ」
棺の蓋を開けた。
ミイラの唇は、母の血て赤く染まっている。
私は濡れタオルで唇を拭った。そして、金の首飾りを首につける。
そっと、蓋を閉じる。
小田切一馬が姿を現した。頼みたいことがある、と声をかけていたのだ。
ミイラの棺についての今までの経緯を、私は話した。そして、ミイラごと棺を地下室に封印したいと伝えた。
「それでは、もうアルハモアナをミイラの中に再び閉じ込める必要はなくなったのですね」
彼の問に私は頷いた。
「それは、もっと先のことです。アルハモアナが望めば、の話ですけど。おそらく、その時は、私たちは生きていないと思います」
私たちは声を出して笑った。
私はほっとしていた。
アルハモアナをミイラに閉じ込めるためには、父や研究員たちを殺した王の衛兵を魔界から呼び戻さなければならないのだ。それは、身も凍るほどの恐怖だ。
「第一群の契計文字の翻訳は、必要ないですね」
「翻訳が完了したら、わたしに教えてください。わたしが知っている知識とともに、文書に残し、どこか秘密の場所に封印しておきます」
私と小田切は手分けして、地下室上部の小部屋の床を剥がした。
小田切がロープを持ってきた。
私は二階の寝室の片づけをしている田崎多鶴子と狩原薫を呼んだ。
小田切が棺の二か所にロープを巻き、二人一組で持ち上げてみた。四人で吊り下ろすことができそうだ。
地下室上部まで棺を運び、バランスをとりながら地下室の床に下ろしていく。ロープはそのまま地下室に落とした。
「小田切さん、床を塞いでください。地下に部屋があるとは思えないように」
私はこの小部屋を納戸にするつもりだ。
その日のうちに、私たち三人は警察庁帰任に必要な私物は梱包して、発送の準備を終えた。
四人で昼食を摂っていたときに、私のスマホが響いた。竹下莉南からだった。
「サクラに逃げられました。まんまとやられてしまいました」
「どうしたの」
私はにんまり笑いながら訪ねた、
「彼女は自首してきましたし、従順でしたので、油断していたのが、誤りだったようです」
さくら、いやアルハモアナが自首したのは、私の警察組織内の立場を思いやっての結果だ。決して、反省して自首したのではない。
私の任務は、誘拐された三人の乳児の救出と、犯人の逮捕である。真犯人の岩田総一郎は既に死んでいる。私に与えられた任務は、完全に完了している。
午後、一階リビングルーム、応接間にあった残りの私物を二階に上げ、小田切に頼んで二階を完全に封鎖した。
夜、竹下を呼んで、お別れ会を開いた。
私は竹下にアルハモアナに関わる真実を話さなかった。そのほうが、彼女のためになると思ったからだ。彼女は優秀な警察官になる、彼女の笑顔を見ているとそう思う。
「片桐さん」
私は声をかけた。彼はずっと無口だった。
「これから、どうされるんですか」
「私は、スーパーの警備員に戻ります」
「この家の、管理をしていただけますか、住み込みで」
「お断りです」
彼は胸を張った。
「じゃ、住まなくてもいいわ。通いで」
「通い?」
「昼なら、怖くないでしょう」
彼は笑った。
「いくら、払ったらいいのかしら」
「この家、貸別荘か、学生の合宿所にしたらどうです」
「いいけど」
「それなら、その利益からいくらか、いただきます」
「分かった。それで、決まりね」
東京に旅立つ日、私たちはそれぞれの荷物を東京の自宅に送った。
東部方面本部に挨拶に行こうとしたが、止めにした。サクラ逃亡で、騒然としていたからだ。サクラは永久に捕まらない。アルハモアナが、そんなヘマをやるとは思えないからだ。少し落ち着いたら、改めて挨拶に来ることにしよう。
チャイムが鳴った。
私が玄関に出、ドアを開けた。
若い女が立っている。一重の涼し気な眼差しの女だった。
「あなたは、何者……、山口和香……、サクラ……、それとも、アルハモアナ?」
完結
魔界警視戸田マヨ1 金の首飾りと鉄の斧 サトヒロ @2549a3562
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