67 主任研究員松井の説明
その夜、私は熟睡できなかった。
アルハモアナに語りかけても返事がないし、ブル―スを呼んでも反応しなかった。
突然照明が点いた。私は重い瞼を開く。
目の前に山口和香の顔があった。腕時計を見た。九時三分。どうやら、朝方に少し眠りに落ちたようだ。
洗面、身支度を整え、用意された食事をとる。食欲がなく、スープだけを飲む。
昨日と同じ部屋に案内された。ドアに第三研究室と記された札が張られてある。
すでに松井主任研究員と二人の白衣の男女がいて、中央に車椅子に乗った岩田総一郎がいた。
体がだるく、気だるい倦怠感に包まれていた。椅子に座ると、私は腕を組んで目を閉じた。
「戸田マヨさん、昨日の検査結果について説明します」松井の声がした。私は目を開け、彼を見詰める。
「あなたの血液は、この世にあるいかなる宝石より価値があります、値が付けられないほどに。まずウイルスですが、PEG10。もともと哺乳類に胎盤をもたらしたウイルスですが、これの変異株にあなたは感染しています。
「それが、どのような意味を持つのですか」
私は尋ねた。
「まだ分かりません。問題はもう一つの異常があることです。臓器同士のメッセージカプセル、エクソソームに未知のマイクロRNAが見つかりました。ウイルスとこのマイクロRNA、この二つがどのよな関りがあるのか、調べているところです。そして、二人の乳児の持つサーチェイン遺伝子、特殊アセチル化酵素とどのように作用しあうのか、解明しなければなりません」
「結論は先になるのですね」
「おそらく、明日中には判明できると思います。画期的な発見があるかもしれません」
何か恐ろしいことが起きるような気がした。
私は不安になった。
「約束通り二人の乳児は開放されるのですね」
岩田に訊いた。
「明日の結果待ちだ。予期した結果がでれば、解放してやろう」
「サクラも、引き渡してもらえるのですね」
「勿論だ。山口にお前の指定する場所に届けさせる」
「わたしは、いつ開放されるのです?」
「おまえは、わたしと共に暮らすのだ。望みのままの生活をさせてやろう」
午後、私は外の空気を吸いたいと頼み込んだ。ここは電子バリアが張られている。どうしても外に出たかった。
山口は私をエレベータで地下から地上に連れていった。エレベータケージのドアが開くと、そこはガラス張りの温室だった。真紅の薔薇が咲き乱れている。風が吹き下りてくる。都会の風だったが、地下室の空調よりはましだった。
「少し話をしていいですか」
私は山口に訊いた。
「どうぞ」
「サクラのことだけど、あなたと血の繋がりがあるの」
彼女は私に笑みを浮かべた。
「どうして、そんなこと訊くのですか。サクラは岩田の亡くなったお孫さんのクローンですよ。わたしは岩田と血の繋がりはありません」
それは嘘だと私はすぐ分かった。私には特殊能力がある。彼女と呼吸を合わせると、その心情が理解できるのだ。
「そう、あまりに似ていたから」
私も笑みを浮かべた。
「わたしを、一人にしてくれる。太陽の陽の光の下で眠りたいの」
山口は吐息をつくと、首を横に振った。
「それなら、少し離れて。監視カメラがあるからいいでしょう。あなたが傍にいると、落ち着けないの」
山口は私から離れ温室の片隅の椅子に腰を落とした。そして鋭い眼差しを私に向ける。
私は目を閉じた。そして念じる。ブルースよ、来たれ、と。
五、六分経った。
マヨ……、と声がした。目の前にブルースがいる。
私はブルースに囁きかける。
「ブルースよ、ここが何処だか分かるか」
返事がない。
「近くに何がある?」
即座に返事があった。
「公園、大きな公園。中に大きな池がある」
「ブルースよ、わたしはこの地下にいる。バリアが張られているため、おまえは中には入れない。これからは、この建物の近くにいて、わたしを見守ってくれ」
「分かった……」
「明日か明後日か、ここから怪人と乳児が運びだされる。追跡し、出来ることなら守ってほしい」
「戸田、マヨ、何をぶつぶつ言っている」
目の前に山口がいた。
「自分に暗示をかけているんです。落ち着け、と」
「立ってください。戻ります」
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