6 郷愁感に包まれる 森の中の洋館



 私を乗せた警察車両は、サロマ湖に向かい、芭露から湖畔沿いに南下する。運転しているのは今井班の草野だ。武勇峠を越え五分ほど進むと左折し、針葉樹の林道に入った。

 助手席には、狩原、運転手席の後ろに私、隣に草薙が座っている。

 やがて右側の白樺林の中にに白い洋館が見えてきた。


「少しゆっくり行って下さい。右の建物を見たいので」

「それでは、車を止めましょうか」

 今井が言った。

「そうしてもらえれば、ありがたいです」


 その洋館を見た瞬間、わたしは何とも言えない郷愁感に襲われたのだ。どうしてなのか分からない。その訳を探りつくさなければ。気持ちがおさまらなかった。

「草薙参事官、少し時間を頂いてよろしいですか」

 草薙は私を見つめて、小さく頷くと、どうぞ、と言った。

 私は車から降りると、その洋館に向かって歩き出した。後ろから、狩原が付いてくる。


 その洋館は二階建てだった。一階はコンクリート造りで外壁を石板で仕上げている。二階は木造造りだった。建坪五十坪ほどか。二階の外壁の塗装が剥げ落ちており、一階から伸びた蔦が絡みついている。


 玄関に向かって、雑草が生い茂る石畳を歩いていく。

 途中に看板が立てられていた。「売り出し中」と朱色のペンキで書かれてある。ペンキが剥がれており、辛うじて読める程度だった。不動産屋の名前と電話番号が記されているが、劣化していて判読するのは難しい。

 その看板をスマホで写真に撮った。


 玄関前に立った。重厚な木製のドアがあった。ノブを回してみる。施錠されている。その外壁ぞいに歩いていく。苔むした石板の壁が続く。小さな窓には、防雪用の板材が張り付けられている。二階を見上げると、窓がいくつも連なっており、その窓を覆う開閉式の鎧戸が並んでいる。


 白樺の木々の間には、丈の高い雑草が茂っており、しきりにキリギリスが鳴いていた。私は外壁を手で触れながら、雑草の中に足を踏み入れた。キリギリスの鳴き声がぴたりと止まる。ゆっくりとした足取りで、側面から裏側と歩いていく。

 

 洋館の裏側には、白いベンチがあった。

 私は腰を落とす。ベンチは悲鳴を上げて歪んだ。私は目を閉じた。このベンチで、わたしは母に抱かれて過ごしてことがある。


 私は立ち上がると、そのベンチをスマホで写真に撮った。

「何か、事件ですか」

 狩原は腕を組んだまま訊いた。

「私は、ここに住んでいたことがある。赤ん坊のころだけど」

「そんなことが、分かるんですか」

 私は微笑を浮かべて頷いた。


 正面に戻り、洋館の全体像をスマホで写真に撮った。そして車に戻っていく。

 草野が私を待っていて、後部座席のドアを開けた。

「時間を取らせて、申し訳ありませんでした」

 私は草薙に声をかけて、車に体を入れた。


 車が走り出す。

「何か、ありましたか」

 草薙が訊いた。

「ええ、でも、個人的なことです」 

 私は前を向いたまま答えた。



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