第二章 

12 道警から私に派遣要請が来た



 私は課長室のドアをノックする。

「戸田です」

「入れ」

 甲高いいつもの佃課長の声がした。

 ドアを開け課長室の中に足を踏み入れる。佃は机上の書類に目を通していた。階級は警視長である。相当偉い。警視庁の部長クラスと同じだ。歳は正確には分からないが、五十には届いていないだろう。実に若々しくカッコいい。


「帰庁が遅れて申し訳ありません。思わぬ事件に遭遇しまして」

 私は直立不動で頭を下げる。

「それは聞いている。特段、問題は起きなかったか」

 彼は顔を上げ、私を見つめる。

「はい。私の行動に問題はなかったと確信しています」

「そうか、それならいい。戻っていいぞ」

 彼は再び書面に目を落とした。


 私は一呼吸してその場に立ち尽くした。話すべきことを頭の中で整理している。

「どうした。戻っていいぞ」

 彼はそう言って、書類のページを捲った。

「課長、一か月、いや二か月の休暇を頂きたいと思います」

 彼は書面に釘付けになっている。

「課長……」

「ア、何か言ったか」

「休暇を頂きたいのですか」

「どこか具合でも悪いのか」

 書面に目を通しながら訪ねる。

 

「いえ、一身上の都合で休暇を、二か月頂きたいのです」

「二か月? ずいぶん長いな」

「私と両親に関わることで、どうしても、二か月が必要なのです」

「君は自分のキャリアを捨てる気か。私が駄目だと言ったらどうするつもりだ」


 私は唇を噛みしめた。

「警察官を辞します」

「そうか、キャリアを捨ててまで、警察を止めるのか……」

「はい」


「北海道で何があった」

「私の個人的なことですので、課長に話すべきではないと心得ます」

「君が遭遇した事件と関係があるのか」

「多少……、いえ関係があると思います」


「そうか、君はその事件が特殊な事件であると考えているのか」

「はい」

「分かった。君は休暇をとる必要もないし、辞める必要もない。道警から君に派遣要請が来ている」

 彼はそう言って書面を指さした。


「道警は、君の警視庁時代の実績を確認したそうだ。君が特殊な能力を持っていると思ったのだろう。北海道では、過去に二件未解決類似事件が起きている。北海道全域捜査になるだろう。長くなるが、本当にいいのか」

「はい」

 長くなるほどいい。

「君は今回が、特殊事件捜査課の初の仕事になる。分かっていると思うが、我々は直接事件を捜査しない。捜査協力、支援、警察庁との調整のみだ。肝に銘じておくべきだ」

「心得ております」

 私はいつでも責任を取って職を辞する覚悟はできている。


「向こうでの拠点はどうする。あてがあるのか」

「父母の実家がありますので、当分はそこで」

「田崎と狩原は、連れていっていいぞ」

「いえ、私一人で行きます。行かせてください」

「そうか。それなら、二人を説得することだ。それが条件だ」

「分かりました」

 私は深く頭を下げた。



 私が執務室に戻ると、田崎と狩原が待ち受けていた。

「ちょうど良かった。あなた方に話がある」

 私は机を前にして椅子に座る。

「北海道警察から私に派遣要請が来ている。数日中に北海道に行くことになる。あなたがたは、ここで私との連絡調整を行ってください」

「北海道には、警視一人で行かれるのですか」

 田崎が眼を見開いて私を見据える。

「そうです」

 

「警視」今度は狩原が声を張り上げた。

「私たち三人は、警視庁時代から一緒に仕事をしてきた仲間ではありませんか。田崎警部補と私を仲間外れにするのは、あんまりではありませんか」

「危険な仕事なの。あなたがたを道ずれにすることはできない」

「警視、私たちは警察官ですよ。危険なのは当たり前でしょう」

「それに、今回は、私の個人的な案件もあるから……」


「妙案がある……」狩原が声を潜めた。

「警視は、アルハモアナの案件に専念してください。私と田崎警部補で、殺人と乳児拉致事件を担当します。どうです、この解決案は」

「アルハモ、なんとかというのは、何」

「それは、後で警視から説明していただきます」


 田崎と狩原の眼が私に食いよるように近づいてくる。

「分かった。仕方がない。田崎さん、出張の手続きをしてください」

「分かりました」


「警視、道警東部方面本部の今井班長からメールが入っていました」

 狩原は私にプリントを渡す。


 それは乳児のDNA鑑定の結果だった。

 残された乳児は青木夫妻の子、心愛だった。拉致されていた乳児は、篠原さやかの子、陽菜だった。

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