11 魔女ミイラ、アルハモアナの肖像
一旦不動産屋の車で北見駅前まで戻り、タクシーで売主小田切拓真の家に向かった。小田切の家は北見の町はずれにあり、平屋の二十坪ほどの借家だった。その家の近くには同じような家がいくつも並んでいる。
私と狩原はその家の周りを一周した。居宅に踏み込むときのいつもの習慣だった。
「この家には、老人がいる。老臭が漂っている」
私は狩原に真顔で言った。彼女は口角を上げて頷く。
「あなたは、裏口を見張って。逃げ出すかもしれない」
「事情は、説明してもらえるのですね」
「うん、説明する。後で」
私はそう言って、彼女の肩を叩いた。
彼女が裏口に回るのを確認すると、私は呼び鈴を鳴らした。家の中に呼び鈴の音が響く。返事がない。もう一度鳴らす。窓が開き、白髪頭の男が顔を覗かせた。その男は私の顔を見るなり、窓を閉め切った。私は木造りの今にも壊れそうなドアを叩いた。
裏口から男の悲鳴が聞こえた。私は裏側に回る。狩原が男を取り押さえていた。
「小田切さんですね。どうして、逃げるのです。あなたが売りにだした家のことを訊きたいだけなのに」
私は膝を落として彼に声を掛ける。
男は怯えた眼差しで私を見つめる。
「私を、どうするつもりだ。アルハモアナ」
「アルハモアナ……」
どこかで聞いた名だ。私は記憶を辿る。
私の記憶は一瞬にして二十九年前まで遡る。
確かに、母はその名を言った。
私を魔女ミイラに抱かせて言ったのだ。アルハモアナよ、わたしの息子、マヨを守っておくれ。わたしの心と体を、あなたに捧げる、と。
「私の名は戸田マヨです。私の父と母は考古学者だった。私は娘のマヨです」
「マヨさんは、男の子です。女の子ではありません」
私は返答に窮した。
私は男から女になったと言っても、この男は信じるだろうか。
「考古学者の名は何と言いますか」
私は尋ねた。
「遠見悟志、藍子夫妻です」
「姓は、遠見ですか……」
初めて聞く名だった。育ての親は私の素性を語ったことはなかった。知っていて語らなかったのか、まったく知らなかったのか。今となっては分からない。育ての父母は共に亡くなっているからだ。
「あの洋館の地下にある肖像画は、アルハモアナですね」
「そうです」
「彼女が付けている金の首飾りに似た物を、私は持っています。父母が乳児院から私を引き取った時に、わたしが付けていたそうです」
小田切は急に顔を紅潮させて私を見つめた。
「今持っていますか」
「いえ、東京の自宅にあります」
「あなたの顔は、アルハモアナにそっくりです。アルハモアナは、あなたに乗り移っているのかもしれません」
「そうかも、しれませんね」
私はとりあえずそう答えた。私が遠見夫妻の子であることを、この人物に納得してもらわなければならない。
しかし、アルハモアが私の体に乗り移るはずがないのだ。
魔女は母と契約をしたはずだから。そうであったのなら、何故私はアルハモアナの顔をしているのか。
私は小田切を立たせた。
「あなたに、訊きたいことがあります。家の中で、お訊きしてもよろしいですか」
私と狩原はキッチンテーブルの椅子に並んで腰かけた。
小田切はお茶を淹れ、私と狩原の前に置く。
「改めまして、自己紹介します。私は戸田マヨと言います。東京で警察官をしています。こちらは狩原、同じく警察官です」
「私の名はご存じですね。スーパーの警備員をしています。あの事件があるまでは、私はあの館で住み込みで先生の助手をしていました。あの日、私は留守番をしていて、難を逃れたんです」
「父と二人の研究員は殺されましたね。母はどうなりました」
「行方知れずです。三十年近く捜し続けましたが、駄目でした。不思議なことに、アルハモアナも、あの棺も無くなっていたんです。棺の中には、鉄製の斧が入っていたはずなのですが、消えてしまいました」
「犯人グループは、何者でしたか」
「まったく分かりません。忽然と消えてしまったのです。何人いたのか、何者なのか、三十年近く経っても、まだよく分かっていません」
「あの洋館を私に譲っていただけますか。私はあの家に住んでいたのです」
「あなたが持っている金の首飾りを私に見せて下さい。そうしたら、無償でお譲りいたします。あなたの家なのですから」
「小田切さん、私はこの地に戻ってきます。その時には、あの家で、私の秘書として住んでください。どうしても、母を捜さなければならないのです」
小田切は私を神妙な顔つきで見つめた。
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