13 養父母の実家で、最初の会議をする

 


 ウイスキーのボトルが空になった。


 開け放たれた窓からエンマコオロギの鳴き声が聞こえてくる。狩原薫は自分のスーツケースから新たなウイスキーボトルを取り出すと、ソファーセットのテーブルに置いた。

「警視が男だったという話は、にわかには信じがたいけど、別に否定はしないわ」

 彼女はボトルの栓を抜きながら言った。


「でも、それは警視の幼児のころの記憶でしょう。今は真偽の判断はつけないほうがいいと思う」

 田崎多鶴子はチーズを口に運びながら言う。

 その通りだ。ここで私の話を全て信じてもらえるとは思っていない。肝心なのは、私が自分の出生に疑問を感じその疑問を解きたいと思っていることを、二人に知ってもらいたいのだ。


 今私は二人の部下田崎と狩原と共に、佐呂間町の私の実家にいる。当分の間、私はこの家を拠点にして活動していくつもりだ。


 乳児の頃の記憶から、養父母に育てられ現在の警察官に至るまでの経緯を話し終えていた。

 私はショルダーバックからアルハモアナが付けていたという金の首飾りを出した。金の鎖に丸い直径四センチの金細工の蛇頭の飾りが付いている。私は田崎の前に差し出した。彼女は首を横に振る。狩原の顔面に近付ける。彼女は手を振って苦笑した。


「警視は、その首飾りを付けたことがあるのですか」

 田崎が訊いた。

 私は頷く。記憶にあるのは一度だけ。小学五年の時、夏休み前の定期テストの時に、こっそりと衣服の下に隠して付けて行ったのだ。テストの成績は散散だった。いつも満点だったのが、全科目平均点以下になってしまったのだ。それ以来、私はこの首飾りを付けたことがない。

 この金の首飾りは、私を普通の人間にとどめておく力を持っている。今はそう信じている。


「これからの事だけど、私の両親が住んでいた家を手に入れて、私たちが住めるように改築するつもりです……。その家で暮らせば、新たな事実が分かってくるような気がするから」

「その家は、どこにあるのですか」

 田崎が訊いた。

「サロマ湖から車で十分ほどの林の中です」狩原が私の代わりに答えた。

「殺人事件のあった家から近い所です」

 田崎は頷いて、私を見つめた。

「警視、これからのことですが、どう進めていくつもりですか」


「明日は小田切拓真の家に行きます。この首飾りを見せてから、両親の家について交渉します。それから、あの家の改築作業を頼もうと思います。その後は、東部方面本部に行きましょう。着任の挨拶をしなければなりませんから」


「警視、関連する未解決事件について報告してよろしいですか」

 一呼吸おいて、狩原が口を開いた。私は頷く。

「殺人事件と乳児拉致事件ですが二件ありました。一件は北部方面本部の茂尻乳児拉致事件です。もう一件は南部方面本部の函館殺人・乳児拉致事件です。どちらの事件も乳児が拉致されています」

「もしり……」わたしは呟いた。「聞いたことがない地名ですね」

 狩原は道路地図を捲り、開いてテーブルに載せた。そしてを指さす。

「旭川の南、夕張の西部に位置する、小さな町ですね。空知川の支流ペンケキプシュナイ川を上った山林の中の家です」


 続いて狩原は函館のページを開く。そして大沼を指さす。

「大沼北部の山林の中にある、山村です」


 私は腕を組んだ。

「三件の事件は、ずいぶん離れた所で起きているのですね。しかも人里離れた場所ですね」

 私は吐息をついて呟いた。

「私たちが直接捜査しないように釘をさされていますけど、調査をすることは、禁じられていませんよね」

 田崎が真顔で言う。私は大きく頷く。多分、これらの事件は個別な案件として考えていると、真実は見えてこないだろう。三件の事件を総合的に調べ、立体的に考察しなければ、個別の事件もその真実を明らかにすることはできないように思える。


「明日、方面本部に、三件の事件の調査を開始することを伝えることにします」

 田崎と狩原は私を見つめて頷いた。

「あ、それから、私のことを警視と呼ぶのはやめてください」

「じゃ、何と呼べばよろしいのですか」

 狩原が笑顔で言う。

「マヨ、でいいわ」

「分かりました」

 田崎と狩原が笑みを浮かべる。

「それから、敬語で話すのもやめてください」

 

 外からエンジン音が聞こえる。ドアの呼び鈴が鳴る。

「やっと、来たか」

 狩原はそう言い残して、外に飛び出して行った。


 道路に大型車両が一台、大型バイクが二台、軽ワゴン車が一台が停まっている。

 狩原が受け取りの手続きを済ませると、私と田崎にエンジンキーを渡した。赤と黒が私のバイク、黒が狩原のバイク。東京で乗っていたそれぞれのバイクだ。軽ワゴン車は田崎の車だ。


 五人の運送作業員は、玄関前に段ボールを五つ積み上げると、キャップを脱いで挨拶し大型車両に戻った。

「さあ、段ボールを家の中に運びましょう」

 狩原が大声を上げた。

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