63 死神との交渉
私はその日のうちに羽田から女満別に空路帰った。まっすぐ軽井沢の遷延性病棟に行きたかったが、体に追跡装置を付けられている可能性があるし、足跡を直接追尾される可能性もあったからだ。
私の住まい洋館に仲間を集めた。田崎多鶴子、狩原薫、竹下莉南、小田切拓真の四人である。
私は岩田総一郎とのことを詳細に話した。
小田切は腕を組んで目を閉じたまま訊いている。竹下は両眼を大きく見開いたまま呆然と私を見詰めている。
岩田の話が真実なら、すべての謎が解明したことになる。だが、岩田を追及し、岩田邸を家宅捜索することは、出来ないであろう。私の話があまりにも唐突で、一笑に付されるのが落ちである。
「それで、どうするの」
田崎多鶴子が訊いた。岩田の話に乗らなければ、事態は進展しない。
「これから死神に会いにいく。そして、明日軽井沢に行き、アルハモアナに会って解決策を考える」
「わたしは、賛成できないな」田崎が不満げに言った。
「結局、マヨちゃん、どうなってしまうの。岩田の策略に乗って、ボロボロになってしまうよ」
私は腕を組んで田崎を見詰め、笑みを浮かべた。
「わたしに策があるんだ。起死回生の」
「えっ、どんな策?」
「それはまだ秘密、成り行きによっては、変わってしまうかもしれないから」
「いつ、その結果がでるの」
「それは、死神とアルハモアナしだい。わたしにも分からない」
「マヨ、これからも、わたしたち、一緒に仕事ができるわよね」
狩原薫が念を押した。
勿論、と私は答えた。
「莉南、小田切さん、薫姉さん、多鶴母さん、みんなで協力して、自分の命は自分たちで守ってね」
四人は固い表情のまま頷いた。
「ブルース、いる?」
ブルースはのろのろと歩いてきた。
「ブルース、わたしは、これから死神に会いにいく。あたは生霊を飛ばして、わたしの傍にいて」
女満別空港から空路新千歳に飛び、タクシーで函館大沼の修道院に着いたのは、真夜中だった。
私は懐中電灯を照らしながら、廃墟に入って行く。
私は目を閉じ心を集中する。
「黄泉の国より来たりし者よ、わたしの前に現れよ」
私は念じ続ける。
三十分は経った。だが、死神は現れない。
私は歪んだベンチに腰を落とした。この前、ここで死神とあった時、死神は二つの暗示を私に与えた。
一つは母を救い出すためには私の血をアルハモアナに吸わせなければならないということ。二つ目は金の首飾りと鉄の斧を取り戻すということ。
ここは、この二つの暗示を融合させ、首尾一貫した物語を作らねばならない。
私は深呼吸して念じる。
「ブルースよ、死神はいるか」
「おまえの前にいる……」
私は再び深呼吸を二つ続けた。
「黄泉の国より来たりし者よ、あなたの望みは何なのですか」
私は懐中電灯の灯を消して、真正面を見詰めた。
青白い炎が浮かび、その中に死神の顔が陽炎のように現れた。
「われの使命は、アルハモアナを黄泉の国に連れていくこと」
暗く深いフードの中の顔が呟いた。
それは、私の血をアルハモアナに吸わせることを意味している、
「アルハモアナが、わたしに棲みついてしまっては、黄泉の国に連れていくことはできないのでは……」
「アルハモアナが、おまえの母親から抜け出し、おまえの体に入る前に、おまえは金の首飾りを付け、母親に鉄の斧を握らせればいいのだ。その瞬間、われはアルハモアナを捉えることができる」
それは無理だ。私が金の首飾りを得たとしても、岩田の元から自由にはなれないのだ。まして鉄の斧は手に入れることはできない。
「黄泉の国より来たりし者よ、わたしの女へ変わった謎が解き明かされたならば、わたしは敵の手によって殺されてしまうのではないのか」
「おそらく……」
「あなたは、アルハモアナとわたしの二つの命を得ることができる、ということか」
「おそらく……」
「黄泉の国より来たりし者よ、わたしは金の首飾りも、鉄の斧も手に入れることはできない。わたしの望みも、あなたの使命も叶うことはない」
「そうか、それならば、仕方あるまい。われは、おまえは、母親のためなら何でもすると思っていた」
「わたしは、母の他に二人の乳児の命も救わねばならないのだ」
「おまえは、アルハモアナの命も、救おうとしている。話にならぬ」
「鉄の斧を渡す。それで、手を打ってくれないか」
「アルハモアナを、どうするつもりだ」
「岩田総一郎を倒すために、協力してもらう」
「自分を犠牲にしてもか」
「いや、アルハモアナをわたしの体から追い出す方法はあるはずだ。それを捜す、必ず」
「よかろう。鉄の斧と岩田総一郎の命で手を打とう。おまえのやることに、邪魔をすることはしない。だが、アルハモアナを諦めたわけではない」
「最後に……」私はつけたした。
「物事は刻々と変化していく。そのことも承知していてほしい」
「それは、われとの取り決めを反故にするということもあるということか」
「そうなることも……」
「その時には、われも考えを変えねばならなくなるどろう」
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