第51話

「いやぁ、異世界は楽しかったな」

「ワン」

「ブヒ」


 図書館に行った次の日も薬草採取なんかをして過ごした俺は、今は自分の家に戻ってきている。

 シルディたちに会えるかなぁとか思ってたんだけど、残念ながら会うことはできなかった。

 とはいえ、異世界での時間はとても楽しかった。

 俺の知らない食材を使った料理や、魔法具の存在。

 泊まった宿屋も内装とかが地球の文明レベルとは違うとはいえ、とても過ごしやすかったし満足だ。

 本当はもう少し滞在していたかったけど、明日は普通に学校なので我慢する。

 でも今の俺にとっては、学校も異世界も両方楽しいので、嬉しい限りだ。

 次に異世界に行くときは、せっかくなので魔法具を一つ作って、持っていくのもいいかもな。


「さあ、今日はもう遅いし寝ようか?」

「ワン!」

「ブヒ」


 夕食とお風呂を済ませた俺たちは、すぐに眠りにつくのだった。


***


「はい、お前ら。ホームルームを始めんぞー」


 いつも通りのやる気のない声で沢田先生がそう告げると、今日の予定を軽く話した。

 予定を告げた後、沢田先生はふと何かを思い出した様子で、嫌らしい笑みを浮かべた。


「お、そういえば……そろそろ中間テストの時期だが……お前ら、勉強はちゃんとできてるか?」

『うっ!?』


 沢田先生の言葉に何人かが体を強張らせた。よく見ると、晶と楓もその中の一人だ。あの二人、勉強苦手なのかな?

 するとそんな生徒たちの様子を見て、沢田先生は目を光らせる。


「おいおい困るぜ? テストの総合点も後の学園祭の予算に大きく影響出るんだぞ? いいのか? お前ら。学園祭当日、他のクラスが豪華な出し物をする中、俺らは必要最低限の出し物になるぞ?」

『い、嫌だあああああ!』


 沢田先生の意地悪い言葉に皆が絶叫する。てか、テストの点数も学園祭の予算に関係するのか……。

 そもそもそんなに予算の差で変わるのか?

 俺が不思議に思っていると、それに気づいた沢田先生が教えてくれた。


「ん? この間の野外学習で軽く学園祭については説明したと思うが……ああ、規模が分からないのか」

「え? あ、はい」

「そうか……軽く説明するとだな、ウチの学園祭は、よそとは規模がまるで違う。まず、毎年テレビ局が取材に来るし、超有名アーティストの生演奏も行われる」


 すでに次元が違ぇ!


「んで、最低限の予算で出せる出店ってのはまあ他の高校と大差ないモノだな。屋台のつくりも他教室から机とか借りてきて、セッティングするんだ」

「はぁ……」


 まあそれはどこの高校もそんなもんじゃないのか?

 俺がそう思っていると、沢田先生はニヤリと笑った。


「だがな? ウチの学園祭で豪華なところは全部の屋台を業者に頼んで作ってもらうことも出来るし、お化け屋敷なら内装やカラクリも本場の物を使える。劇をするなら豪華な衣装も予算で使えるし、舞台装置や照明器具も全部外部発注でいけるってわけだ」


 何それ、本当に学園祭か!? ちょっと俺の予想してなかったレベルなんだけど?

 あまりの規模の大きさに絶句していると、沢田先生は満足そうにうなずいた。


「よし、ウチの学園祭がどれだけスゲェか分かったようだな。じゃあそれを踏まえたうえで言うが、今から行事が増え始めるぞ。先にも言った中間テストもそうだが、まずテストの前に第一回球技大会があり、第一回職場体験学習もある。それらが終わったらすぐに体育祭だ。んで疲れたところに追い打ちで期末テストだ。大きなところでいえばそんなもんだが、他にもちまちまとした行事も残ってる。どうだ? 休んでる暇ねぇぞ?」


 行事だらけじゃねぇか!

 高校ってこんなに行事が多いもんだっけ?

 とはいえ、今の俺は楽しみだという気持ちでいっぱいだった。

 他の皆もテストには顔をしかめていたものの、他の行事を楽しみにしているようである。


「うし、んじゃあ今日も一日適当に頑張れや」


 沢田先生は最後にそう告げて、ホームルームを終了した。


***


 優夜がホームルームを受けているころ、異世界で最初に訪れた街――――タートスに豪華な馬車に乗った貴族が訪れていた。

 そして貴族の馬車を護るように立つ護衛の一人が、タートスの門番にあることを尋ねる。


「この街で赤い豚は見なかったか?」

「赤い豚……ですか?」


 門番の人は一瞬そんなものを見たかなと考えたが、すぐにある人物を思い出した。


「あ……」

「その反応……見たのか!? 見たのならどこにいるか教えてくれ!」


 必死に問い詰める護衛に、門番はたじろぎながら答えた。


「え、えっと……赤い豚は確かに見たんですが……この街に滞在していた人の仲間だそうですよ?」

「何? なら、あの赤い豚に主がいるというのか……それで、その人物と豚はどこにいる?」

「それが……先日この街から出ていってしまったので、何とも……」

「まさかの入れ違いか……」


 護衛は思わずため息を吐いた。

 本当なら昨日どころか一昨日についている予定だったのだが、途中で護衛の一人が裏切ったことによる盗賊の襲撃で一度領地に戻る必要が出たのだ。

 そのため、到着が今日になってしまい、目的の優夜とアカツキに会う事が出来なかった。

 すると護衛と門番の会話を聞いていた、馬車の中の貴族が口を開いた。


「ここに居ないというのであれば、仕方ないのぅ……そこの兵士や。その者が滞在中どこに向かったか聞いてもいいかのう? あと出来れば名前なんかの情報も教えてくれると嬉しいのぅ」

「は、はい!」


 馬車の窓から顔をのぞかせるその貴族は白髪に綺麗に整えられた髭が特徴的な優しそうな老人だった。

 その老人に声をかけられた門番は背筋を伸ばすと、すぐに優夜の滞在中の行動を教えた。


「えっと……まずその人物は天上優夜というらしく、赤い豚の他に黒い子犬も連れておりました。赤い豚はアカツキというらしく、黒い子犬はナイトというそうです。この街に来た理由は観光とのことなので、深い理由は存じません」

「天上優夜……変わった響きの名前じゃのう。おそらく外国の方じゃろう。お主は直接その者を見たのかね?」

「はい。その……おっしゃる通り、どこか異国の……それも貴族の方のような雰囲気を身に纏っておりました」

「異国の貴族か……こんな場所を観光というのも珍しいし、ずいぶん変わった人物じゃのう。それで? 滞在中は何をしておったんじゃ?」

「どうやら商人ギルドと冒険者ギルドに登録したらしく、商人ギルドでの動きは把握できませんでしたが、冒険者ギルドでは薬草採取の依頼を受け、非常に状態のいい薬草を提出しているそうです」

「ふむふむ……そうか……」


 優夜のある程度の情報を得た老人は優しい笑顔で礼を言う。


「すまんの、助かったわい」

「い、いえ! では手続きをしますね」


 街に入るための手続きに門番が去ると、老人は馬車の中で静かに呟いた。


「さて……いつ会えるか分からんが、お礼くらいは言いたいもんじゃのぅ……」


 優夜の知らない場所で、優夜のことを知る人物がまた増えたのだった。

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