第19話

「今日はこんなもんかな?」


 デビルベアーとの戦闘から、しばらくの間警戒しながら森の奥に進んだのだが、あれから戦闘どころか採取できそうなモノも特に見つけておらず、気付けば陽が落ち始めたので今日は帰ることに決めた。


「うーん……奥の方に行けば、もっとたくさんの魔物と出会えるかなって思ったんだけど……」


 本当に俺の思考というか、精神はずいぶんと逞しくなってしまった。

 前の俺なら、魔物なんて見ただけで気絶して戦いたいどころか、出会うことすら全力で拒否していただろうに。


「仕方ない……このまま切り上げて、続きはまた別の日にしよう」


 魔法が使えない俺は、せっかく奥地まで探索できたのに、今の位置から探索を再開するときはあの不思議な家から徒歩でこの場所まで来なければいけないのだ。

 完全に無駄な時間……とまではいかないかもしれないが、それでも効率は悪い。

 この世界に続く扉は、俺の下に出現させられるらしいので、すぐに帰ることは出来るんだが……。


「行きも徒歩なら、帰りも徒歩にして、何か見落としがないかを探すのもアリかな」


 俺が探索を切り上げた時間も、徒歩であの家まで帰ることを想定しての時間だから、大きな問題は特にない。

 そうと決まれば、早速俺は元の道を引き返すことにした。

 やっぱり、魔法があれば一瞬でこの場所まで行き来できるんだろうなぁ。

 使えない魔法に憧れていると、不意に小さな音が聞こえた。

 何かが呻き、悲鳴を上げている。

 声の感じからして、人間っぽくはないんだけど……。

 気になった俺は、スキルの≪同化≫を発動させ、息を殺しながら音の方へと近づいた。

 すると……。


「フゴオオオオオッ!」

「キャンッ!」


 人型で顔が豚の大きな魔物が、一匹の黒い犬に攻撃していた。

 豚の魔物は、俺の持ってる武器と比べれば劣っているのかもしれないが、それでも素人目に見ても質のいい武器を使っており、逆に黒色の犬は、体がとても小さく、それこそ生まれて間もない子犬のようだ。

 子犬はボロボロで血だらけでありながらも必死に立っている。

 そんな子犬に対して、豚の魔物は俺でもハッキリと分かる、悪どい笑みを浮かべている。……ナンダコレ、どう見ても豚の魔物が悪者にしか見えねぇ。大自然の弱肉強食ってルールによる戦いであるはずなのに。

 そう、豚の魔物は悪くないはずなのだ。ただ、目の前の子犬と戦ってるだけ。

 しかし、俺の目に映る光景を見ると、どうしても悪いことをしているようにしか見えないのだ。これ、完全に俺の感性の問題だよな。

 子犬をいたぶってるように見えるけど、これも自然の摂理と言われてしまえばどうしようもない。俺ら人間だって、似たようなことをしてるワケだしな。

 とはいえ、せっかく見たことのない魔物と出会ったので、俺は鑑定のスキルを使って、そのステータスだけでも確認することにした。


【キング・オーク】

レベル:600

魔力:5000

攻撃力:20000

防御力:15000

俊敏力:5000

知力:5000

運:1000


 おい、何だコイツ。

 攻撃力が2万越えとか……冗談だろ?

 それに、防御力もスゲェ高いし……。

 俺なんてどのステータスも未だに1万未満なのだ。

 しかも、レベルも俺どころかデビルベアーやゴブリン・ジェネラルなんかよりも圧倒的に上。

 これが……いわゆるS級の魔物ってヤツなんだろうか?

 種族的にS級の潜在能力を持ってる魔物でもレベルが低いこともあれば、その逆もあるだろうから、一概にキング・オークがS級の魔物とは決められないんだけどな。

 見た目は豪華な装備で身を包んだ豚男なのに……・オークって言うくらいだから、普通のオークとやらもいるんだろう。それこそ、ゴブリンと一緒で。

 てか、俺も痩せるまでは豚男だったのに……何だ、この格差。理不尽だ。

 でっぷり太った体なんて、俺の方がすごかったんだぞ! ずるい!

 そんなことはどうでもよくて、このキング・オークは明らかに俺の手に余るだろう。一発攻撃を受けるだけで即死だと思う。

 デビルベアーは、まだ戦えそうだったが、コイツはレベルもステータスも圧倒的過ぎる。もう少し強くなってからじゃねぇと難しいだろう。

 ……可哀想だが、俺は目の前の光景を無視して行くのがいいんだろう。

 そう思い、静かにその場から離れようとするのだが……。


「フゴゴゴゴゴッ!」

「キャーン!」

「……」


 悲痛な子犬の声が聞こえて、俺の足は止まってしまった。

 ……ハァ。

 なんていうか、俺は救いようのないバカなんだろうなぁ。

 ただ、じいちゃんならこの状況をどうする? ……って考えると、やっぱり無視するなんてあり得ないのだろう。

 本当に無謀だし、何より偽善もいいところだ。

 でも、俺も心のどこかではできれば助けてあげたいって思ってるんだから、本当にどうしようもない。

 結局逃げることをやめた俺は、再び目の前のキング・オークを見据える。

 幸い、キング・オークにはまだ俺の存在はバレていないようだ。

 ……取りあえず、こっちに気を引くために、不意打ちを行ってみるか。

 どう見ても格上だし、弾かれるんだろうけど、それで俺の方に意識が向けば……うん、あとは何とかするしかねぇ。考えたってどうしようもねぇし。現実逃避ともいうけど。

 俺はアイテムボックスから『絶槍』を取り出すと、その場で静かに投擲の体勢に入った。

 そして――――。


「せぇ……のっ!」


 俺は今出せる全速力で『絶槍』をキング・オークめがけて投げつけた。

 そして、すぐさま『全剣』を取り出し、俺の方にいつ意識が向いてもいいように隠れていた場所から飛び出した。


「さあ、かかってこい!」


 吼えるようにそう叫びながら飛び出し、いつ襲い掛かられてもいいように『全剣』を構えた。


「……」


 キング・オークの上半身が消し飛んでいた。


「………………へ?」


 よく見ると、なんか槍的なもので抉り取られたような形跡がある。

 ……おい、まさか……。

 一つの結論に辿り着き、そんなことあるわけがないと思っていると、手元に血だらけの『絶槍』が戻って来た。


「……」


 『絶槍』を見て、確信した。

 どうやらキング・オークは、『絶槍』の一撃で絶命したらしい。

 この場に残ったキング・オークの下半身は、その場で膝をついて倒れこむとそのまま光の粒子となって消えていった。


「ええええええ……」


 ウソだろ!? 本当に死んだわけ!?

 え、じゃあ俺の決意は? 俺、叫びながら登場したんだけど!? うわ、恥ずかしっ!

 まさか一撃で倒せるなんて微塵も思っていなかった俺は、間抜けな表情を晒すことしかできない。

 ……いや、冷静になって考えれば、別におかしくはないのだ。

 なんせ、レベル1どころか、ステータスオール1だった俺が、そのとき既に格上のブラッディ・オーガを倒しているんだから。

 手元の『絶槍』は、本当にヤバイ武器だということがよく分かる。


「賢者さんって何者だよ……」


 本格的にこれらの武器や家を残していった、賢者さんの正体が気になってきた。もう神様って言われても信じちゃいそう。まあ寿命で亡くなったらしいけどさ。


「まあいいや……そんなことよりも……」

「ウー……!」


 息絶える寸前ながらも、俺に威嚇をしてくる子犬に視線を向けてきた。

 あー……そう言えば、俺は昔から動物に嫌われてたっけなぁ……。

 犬や猫に近づけば吠えられ、噛まれ、ひっかかれ。

 そんな悲惨な経験をしてるから、気付けば俺の方が犬や猫を苦手になっていたのだ。

 ただ、苦手というだけで嫌いではない。

 まあ臭いし醜い俺が近づけば、犬や猫でも嫌だったはずだ。心中お察しだな。自分で言ってて泣きたくなってきた。

 俺は一つため息をついて、アイテムボックスから『完治草ジュース』を取り出す。


「えっと……ほら、嫌かもしれねぇけどさ。お前傷だらけだろ? これ飲めば回復するから……その……飲んでくれねぇか?」


 恐る恐る俺が子犬に近づくと、子犬は最初こそ威嚇してきていたが、やがて体力が限界に近づいたのか、その場にガクッと倒れる。


「おい!」


 俺は急いで子犬を抱きかかえ、すぐにジュースを飲ませた。

 ……この犬が柑橘類嫌いだったら申し訳ないけど、今は我慢してほしい。

 意識がほぼない子犬に、何とかジュースを飲まし終えると、子犬の体中にあった傷が、みるみるうちに治っていった。

 子犬も徐々に意識を覚醒させると、自分の体を不思議そうに見ていた。


「ふぅ……何とか間に合ったな」


 俺が一息ついていると、不意に子犬が俺の手を舐めてきた。


「ん?」

「ワン!」


 子犬はそう吠えながら、俺の足をテシテシと叩く。……可愛い。

 子犬の可愛さに思わずニヤけそうになりながらも、気になったことを訊いた。


「なあ、お前の親はどうした? お前一人じゃ危なすぎるだろ?」


 子犬相手に何話しかけてんだと思うかもしれないが、俺はなんとなくこいつが俺の言葉を理解できる気がしていたので、こうして話しかけていた。

 すると、子犬は悲しそうな声を上げ、シュンと俯く。


「えっと……迷子?」

「ウー」


 子犬は首を横に振る。


「じゃあ……親がいないのか?」

「わふ……」


 すごく悲しそうに、子犬はそう頷いた。

 うーん……。


「なあ、それならウチくるか?」

「わふ?」

「俺の家は借家でもねぇし、もし仮にダメでも、ちゃんとお前が住める場所ならあるから」


 そう、この世界の家なら、仮に地球でコイツを飼えなくても問題ないのだ。


「どうする?」


 俺としては、せっかく助けたってのもあるが、何よりこの短い間でコイツに情が移ったのだ。てか、メチャクチャ可愛いし。

 すると、子犬は、目を輝かせて一つ吠えた。


「ワン!」


 それは、俺の言葉に肯定する意味だった。

 その瞬間、俺の目の前にメッセージが現れる。


『スキル≪テイム≫を習得しました。【ブラック・フェンリル】のテイムに成功しました』


 え、≪テイム≫って何?

 それに、コイツのこと鑑定してなかったな……【ブラック・フェンリル】って種族なのか。……ん? なんかフェンリルって聞いたことある気もするんだが……まあいいか。

 メッセージに首を捻っている間に、子犬は俺の膝にすり寄っていた。


「わふふ」

「可愛いな、おい」


 耐えられずにデレッとした表情を浮かべながら、俺は手に入れたというスキルを確認した。


≪テイム≫……魔物を一定確率で仲間にする事が出来る。


 へぇ、魔物を仲間にするためのスキルなんて存在するんだな。

 そんなことを思いながらも、子犬のことも鑑定してみた。


【ブラック・フェンリル】

レベル:500

魔力:10000

攻撃力:10000

防御力:10000

俊敏力:15000

知力:10000

運:10000

備考:天上優夜の配下。


「お前強いな!?」

「わふ?」


 何のことか分からず首を捻る子犬は、俺よりも圧倒的に強かった。

 てか、このステータスならキング・オーク倒せたんじゃね?

 まあ不意打ちでも喰らって、まともに戦う前から大ダメージを負っていたのかもしれないけどさ。それこそ俺が不意打ちでキング・オークを殺したみたいにね。


「てか、俺の仲間になったって言うのに、お前の方が強いって……」


 悲しいとかじゃなくて、純粋にそれでいいのか? って思ってしまう俺は、小市民。強者には勝てません。

 しかし、子犬は気にした様子もなく、嬉しそうに尻尾を振っていた。


「わふ! ワン!」

「ま、まあいいや。それより、仲間になったんなら、お前の名前も決めないとなぁ……」


 このまま子犬ってのも変だし、ブラック・フェンリルなんて長すぎて呼んでられねぇ。

 不思議そうな目で見てくる子犬を眺めていると、一つの印象を受けた。

 それは、艶やかな漆黒の毛並みを見て、思ったことだ。

 そして、その印象のまま、俺は名前を決めた。


「よし、お前はナイトだ」


 ナイト――――つまり、夜。

 凄く安直だな。

 まあ、俺の名前にも夜って入ってるし、俺的にはいいと思うんだが……。

 すると、子犬――――ナイトはこの名前がお気に召したらしく、更に激しく尻尾を振った。


「ワン!」


 ナイトは一つ吠えると、そのまま俺の胸に飛び込んでくる。


「おっとと……うん、帰ろうか」

「わふ!」


 ナイトを抱き留めた俺は、取りあえずキング・オークのドロップアイテムをアイテムボックスに放り込み、家へと帰る。

 ドロップアイテムの確認は、家でもできるだろう。

 ――――こうして俺は、ナイトという可愛らしい仲間で家族を手に入れたのだった。

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