第20話

 異世界の家に戻って来た俺は、ナイトと向かい合っていた。


「さて、これからお前と一緒に暮らしていくわけだが……取りあえず、ナイトにはこの家にいて欲しいな」

「わふ?」


 何で? というようにナイトは首を傾げる。


「うーん……俺としては、しっかりと世話したいんだけど、そうなると散歩とか必要なわけで……要約していうと、ナイトと暮らすための準備ができてないんだ」

「クゥーン……」


 俺がそういうと、ナイトはションボリする。クソっ、可愛いなぁ!


「本当にごめんな? なるべく早く用意して、地球の俺の家で暮らせるようにしてやるからさ」


 現在、首輪やリードがない状態じゃ地球に連れて行くのは不安が残る。

 こうして意思疎通ができるから、大事になることはないとは思うけど、それでも用心するに越したことはない。なんせ、ナイトは異世界の生き物なんだからな。


「でも、用意するとなると必然的にペットショップになるよなぁ……」


 世の中にはネットショッピングという大変便利なモノも存在するようだが、貧乏生活の長かった俺の家にはパソコンどころかスマホすら存在せず、ネットなんてものとは縁がない。

 そして、俺は地球の家の周辺でペットショップがどこにあるのか知らないのだ。

 さっきも言ったが、ネットがないから手軽に調べることもできないし……友達とかに訊くしかないかな? ……あ、訊く友達いねぇや。ハハ!


「……泣けてきた……」

「わふ……」


 ナイトが、俺の膝に足をテシと乗せて、俺の手を舐めてきた。……慰めてくれてるらしい。もうね、さっきから癒し効果がハンパじゃねぇ。

 まあ、ナイトの準備が最優先として、他にも今回手に入ったギターを使うために、本とか買って、練習したいな。

 ……せっかく買うんだし、それにお金が今はあるから……新品の本を買っちゃうか!?

 うん、いいかもしれない。

 新品の本を買うの、教科書以来だけどさ。てか、教科書以外に普段買わないし……。


「……あれ? また涙が……」

「わふ……」


 またもナイトに慰められた。


「ナイト……ありがとう。うし! 取りあえず簡単にすることは決めたし、今日の戦果を確認するか!」

「ワン!」


 キング・オークを倒して、ドロップアイテムをそのまますぐにアイテムボックスに入れて確認していなかったので、確認することに。

 まず取り出したのは、美味そうな肉だ。


『豚王の肉』……キング・オークの肉。その味は多くの王侯貴族を魅了し続ける超高級食材。だが、キング・オーク自体が災害級の存在であると同時に、出現することすら稀であるため、その肉はもはや幻とさえ言われている。食べれば、精力絶倫。


「おい、ちょっと待て」


 いろいろ不穏な単語しか書かれてないんだが?

 まず、この肉はとんでもなく珍しい食材らしい。

 それだけでも手に負えないのだが、『絶槍』で一撃で倒してしまったというのに、異世界での認識では、キング・オークは災害級だとか。やっちまったぜ。

 ていうか、なんで肉を食べれば精力絶倫になるんだよ。スタミナとかじゃないの? ……いや、精力もスタミナか。


「ま、まあいいや。美味いなら、何でもいい。んで、他は……」


 次に取り出したのは、キング・オークの身に着けていた鎧と剣だった。


『豚王の大剣』……キング・オークが持つ大剣。超重量級の大剣であり、並大抵の筋力では持ち上げることさえ不可能。切れ味はなく、その代わり圧倒的重量と頑丈さで、対象物を圧し潰す。


『豚王の鎧』……キング・オークが身に着ける鎧。超重量級の鎧であり、並大抵の筋力では持ち上げることさえ不可能。キング・オークが身に着けることを想定して作られているため、人間には着る事が出来ない。かなり頑丈であり、一般的な武器では、傷一つ付けることさえ不可能。鋳潰して、新たな武器にすることが推奨される。


「……何というか、使いにくいな……」


 『絶槍』のような、ぶっ飛んだ武器を使ってる身としては、そんな感想を抱いてしまう。

 ていうか、そんなことよりも……。


「……」


 俺は大剣と鎧をそれぞれ片手で軽々と持ち上げた。


「えぇ……」


 俺はいつから筋力お化けになったんですかねぇ? 並大抵の筋力では持ち上げることさえ不可能って言ってるじゃん? ウソなの?

 ……いや、もしかしたら異世界ではこれが普通なのかもしれない。

 なんせ、『絶槍』などの元々の持ち主である賢者さんなんて、俺の中では超常的存在として認識してるしな。あながち間違いじゃないかも。そう思わせてください。

 自分に言い聞かせるように納得させると、俺は残りのドロップアイテムに視線を向けた。


『魔石:S』……ランクS。魔力を持つ魔物から手に入る特殊な鉱石。


『豚王毛のブラシ』……キング・オークから手に入る、レアドロップアイテム。どんな髪にも優しく、髪に栄養を与え、艶やかな髪にする。また、薄毛や禿げてしまった人の頭に使用することで、死滅した毛根を復活させ、髪を生やす。その効果から、髪の悩みを抱える貴族の間で、超高額で取引されているが、出回ることがほとんどなく、新たに手に入るのは数千年に一度とさえ言われている。


「ツッコミどころしかねぇ!」


 まず魔石だが、とうとうSランクが手に入った。つまり、キング・オークはS級の魔物ということ。

 だが、ここで異世界のレベルという概念が非常に厄介であり、例えばS級の魔物であるキング・オークのレベルより、別のA級の魔物のレベルの方が高ければ、もしかするとそのA級の魔物の方が強いかもしれないのだ。

 とはいえ、S級の魔物というモノに一度であったということは、悪いことではなかったな。相変わらず魔石の使い道が分からないので、このまま売るけどさ。Sランクの魔石って、いくらになるんだろうな?

 取りあえず、魔石の方は置いといて、問題はブラシだ。

 何? このブラシ。

 異世界の貴族じゃなくても、普通に髪の毛で悩んでいる人がいれば喉から手が出るほど欲しいモノなんじゃね?

 事実、すんごい金額で取引されてるみたいだし……。

 何というか、いきなり日用品みたいなものが手に入ったな。効果はぶっ飛んでるけど。


「わふ?」


 ブラシを前に、思わず顔を引きつらせていると、ナイトがどうしたの? と言わんばかりに首を傾げ、足でテシテシしてくる。可愛い。


「……いや、何でもないよ。……あ、そうだ! ナイト、ここにおいで?」

「ワン!」


 あることを思いついた俺は、ナイトを膝の上に乗せる。

 そして――――。


「くぅーん……」


 俺は『豚王毛のブラシ』でナイトをブラッシングした。

 ナイトのは体毛? になるんだろうが、『豚王毛のブラシ』は効果を発揮し、ナイトの毛並みは艶やかに美しく、そして思わずずっと触っていたくなるような、魅惑の肌触りへと変化していった。端的に言えば、サラサラとモフモフの魅惑のコラボレーション。何言ってるんだろうな。


「気持ちいいか?」

「わふー」


 だらんと完全に脱力しきった状態で、ナイトは気持ちよさそうにそう返事した。

 よかったよかった。ギターも首飾りも有り難いけど、こんな風に使える物が手に入ると嬉しいよな。

 つか、レアドロップアイテムってなってるのに、普通に手に入れてるこの状況はなに? レアってウソなの?

 まあ俺からすれば、得しかしてないからいいんだけどさ。

 そう思いながら、俺は最後の確認として、自分のステータスを見てみることにした。

 キング・オークを倒した後、特にメッセージとかなかったんだが、レベルが上がっててもおかしくないと思うんだけどな。なんせ、相手は格上なわけだし。

 そんな考えもあって、ステータスを確認したんだが……。


「あれ? やっぱり上がってない……」


 メッセージがなかった通り、レベルは上がっていなかった。


「おかしいな……格上を倒したと思ったんだけどな……」


 まあもし経験値という概念があって、それのおかげでレベルが上がっているんだとすれば、確かにあの戦闘での経験値って何? ってなるけどな。だって、槍投げただけだし。

 それでも、ブラッディ・オーガや、ヘルスライムも似たような倒し方だったはずだが……。

 いや、でも……確かに、ブラッディ・オーガやヘルスライムのときは、戦闘経験自体がまるでなかったわけで、今の俺のように、ゴブリン・ジェネラルみたいな魔物と普通に斬りあったりしてる今じゃ、ただ槍を投げて終わりじゃ経験もクソもないよな。


「……考えても仕方ないか。レベルアップの仕組みなんて、そのうち分かるだろ。ていうか、別に今回上がらなくても、これからもレベル上げを頑張ればいいだけだしな」

「ワン!」


 俺の言葉に、ナイトも声を上げて応えた。

 その様子に思わず笑みをこぼすと同時に、明日の学校が嫌だなぁという気持ちが襲ってくるのだった。

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