第21話

「んじゃあ、行ってくるな」

「ワン!」


 ナイトにそういうと、俺は学校に行くために家を出た。

 ちゃんとご飯や水も用意したので、おそらく大丈夫だろう。

 早く帰りたい。いま家出たばっかりだけど。

 そんな憂鬱な気分で通学路を歩く。

 ……そう言えば、昨日のS級の魔石……アレはヤバかったなぁ。

 A級のモノでさえ、百万円ほどのものだったのに、S級の魔石は、一千万円もしたのだ。

 一千万円の札束が、いきなり出現した時は本当に腰を抜かしそうになった。

 いきなり値段が跳ね上がったわけだが……何が違ったんだ?

 A級とS級じゃ、やっぱり埋めがたい絶対的な格差みたいなものでもあるんだろうか?

 謎が増える他、手元に大金が手に入り、うかつにアイテムボックスからお金を取り出せなくなった。

 いや、貧乏な俺からすれば、大変ありがたいんだけどさ。

 昨日の出来事を思い返しながら歩いていると、最近妙に多くなったよく分からない視線を感じ始める。

 ……本当に、何なんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ。いや、言われたら泣くけど。


「おい、お前」

「え?」


 くだらないことを考えていると、不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。

 声の方に振り向くと、俺の弟である天上陽太と、妹の天上空が俺を睨みつけていた。

 ……うわぁ、会いたくない人間にあってしまった。

 いや、いずれは会うだろうとは思っていたけど、今来なくてもいいじゃん……。

 嫌だなぁと思いつつも、俺は一応訊く。


「えっと……何の……用だ……?」

「何の用だって? お前、ザコ兄貴のくせに、ずいぶん舐めた真似してくれるじゃん」

「……」


 そんなこと言われても、まるで理由が分からない。

 俺が本気で困惑していると、空が見下した様子で口を開いた。


「最近、私たちの友だちが噂してたのよ。私たちのクソ兄貴が超イケメンになったってね。どうせただの噂だと放っておいたんだけど、あんまりにもしつこいからこうして確認しに来たわけ」

「はぁ……?」


 噂? 俺が超イケメン? ヤバイ、全然話が分からねぇ。


「それで、確認しに来てみれば……クソ兄貴。お前……何しやがった?」

「何って……?」

「とぼけるんじゃねぇよ! そんだけ変わっといてよぉ!」


 あー……うん。

 確かに、俺の見た目は大きく変わっただろう。劇的に痩せたし。

 でも、異世界でレベル上げしたら変わったなんて、説明なんてできるわけないよなぁ……それに、仮に異世界を信じてくれたとしても、そのことをこの二人には絶対に教えたくない。

 この二人は、俺だけじゃなくて、散々じいちゃんもバカにしてきたんだ。

 そんなヤツ等に、俺の……じいちゃんのモノを、教えるわけがない。

 そう思っていると、落ち着いたのか、再び見下したように言ってくる。


「フン。どうせ整形だろ? 整形で顔を変えるなんてよぉ……紛い物であることに変わりはねぇじゃねぇか。で、どこから金を出した? それとも、お前の家でも売っぱらったか? ハハハハハ!」

「……」


 整形じゃないんだけどなぁ……。

 しかも、多分俺の体は完全に遺伝子構造からすべて変わっていると、どこか本能のような部分が教えてくれる。

 ……陽太は整形していることを紛い物って言ったけど、綺麗になることを諦めるんじゃなくて、少しでも綺麗になろうとしてる人の努力なわけだ。

 陽太のヤツは、それを否定して、バカにしている。

 陽太のような考え方の人の方が多いのかな? それは……悲しいな。

 自分を磨くことや、綺麗になりたいって気持ちは、本当だと思うのに。


「なんだっていい。どちらにせよ、クソ兄貴が俺たちに勝てる部分何て一つもないんだからよ」

「そうね。頭も悪いし、将来を見てもアンタに未来はないわね」

「勉強もできねぇ、運動もダメ……所詮お前は、俺たち以下の劣等種なんだよ!」

「……」


 散々バカにされ、でもどれもが事実だからこそ言い返せず、ただ黙っていることしか出来なかった。

 すると、俺たちのやり取りを今まで黙って見ていた野次馬みたいな生徒たちが、不意に騒がしくなった。


「ん? 何だ?」


 陽太たちも、その騒ぎに気付き、訝し気に首を傾げると、俺たちの近くに、急にリムジンが停まった。


「なっ!?」

「え?」


 突然現れた、お金持ちが乗ってそうな長いリムジンに、俺も陽太たちも言葉を失っていると、リムジンの扉が開き、中から二人の女性が現れた。

 一人は、執事服に身を包んだ、すごく綺麗な女性で、もう一人の女性は――――。


「天上優夜さん……ですよね?」

「え?」


 その声は、どこかで聞いたことのあるものだった。

 白を基調としたブレザータイプの制服に身を包んでおり、クセのない艶やかな黒髪を腰の位置まで伸ばしている。

 可憐、大和撫子という言葉が連想されるような、どこか俺たち一般人とは違う圧倒的なオーラが漂っている。

 ……どこの制服だろう? 胸元に王冠と星が描かれた校章があるけど……。

 そんな場違いなことを考えていると、陽太が声を裏返して叫んだ。


「お、おお、『王星学園』の制服ぅ!?」

「へ!?」


 『王星学園』。

 その名前は、俺でさえ聞いたことがあるくらい有名な高校で、珍しいことに、エスカレーター式で『王星大学』へと高校を卒業後は進学できる。

 勉強はもちろん、あらゆる分野で活躍するような人間が多く在籍し、その学校の卒業生は各世界でトップレベルの地位に就くような、完全に俺たちなんかとは住む世界が違う、エリート街道を爆走する高校だ。

 入学できれば、将来安泰と言ってもいい高校だからこそ、誰もが入学を夢見て、そこを目指す。

 ……まあ、そんな学園だからこそ、ちょっと考えれば分かることだが、入学するのは並大抵のことではない。

 そんな学園の生徒が、どうしてこんなところに……?

 俺の表情に、その気持ちが表れていたのか、目の前の女性は上品に笑った。


「フフ。覚えていませんか? 以前、コンビニで男の人に絡まれていたとき……」

「え? あ……あああああああ!?」


 俺は思い出した。

 確かに、前に女の子を男たちから助けた……というか、かわりにボコボコにされたことがあった。

 あの時は、あまりにも女性と話すことが慣れてなくて、顔すらまともに見れなかったわけだが……。


「思い出していただけましたか?」

「は、はい」

「それはよかったです! それにしても……優夜さん、痩せました?」

「へ? え、ええ」


 痩せたどころではない変化をしたと思ったんだが、目の前の女の子の反応を見てると、本当に痩せただけなのかと思えてくる。いや、そうなのかもな。

 俺が完全に混乱していると、執事服の女性が、女の子に静かに告げた。


「お嬢様。お話はほどほどに、本題を……」

「そうでした!」


 思い出したというような表情で、女の子はそういうと、俺に向かって笑顔でとんでもないことを口にした。


「優夜さん――――『王星学園』に来ませんか?」

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