第13話
……うん、何だろう。
「ね、ねぇ、あの人……」
「転校生かな?」
「うわぁ……足長っ……」
「て、てか、超美形過ぎない?」
「何かのモデルさん?」
「いや、でもあんなすごいイケメン見たことないけど……」
家を出てから憂鬱な気分で通学していると、自意識過剰じゃなければスゲェ見られてる気がする。なんだ? 俺の格好がおかしいのか?
理由は分からないが、ジロジロみられて喜ぶ性癖は持ち合わせていないので、俺はすごく居心地が悪い。
いや、以前は蔑むような視線が向けられてたし、見られること自体は変化ないんだけど……何というか、視線の種類が違う気がする。本当に何なんだ?
それに、いつもなら通学途中でさえちょっかいかけられて、酷い日にはそのまま殴る蹴るの暴行や、お金をとられることもあったのだが、今日はそういったちょっかいをかけられない。
理由が分からないまま、とうとう学校に着いてしまった。
入り口には、クラス分けの紙が張り出されており、すごい人ごみで中々近づけなかったのだが、誰かが俺に気付いて何かに驚くと、その驚きが伝染したのか、気付けば俺の周りには人がいなかった。俺、モーセじゃないからね。
とはいえ、人が勝手に避けてくのなら、利用しないとやってられないので、俺はそのまま紙を確認すると、俺のクラスには虐めの主犯格である荒木の名前もあった。
同じ中学とはいえ、クラスは流石に変わると思っていたのに……あぁ……嫌だなぁ……。
どんよりした気持ちは拭えず、玄関を立ち去ってそのまま体育館に向かった。
体育館でまず入学式を行った後、新しい教室に移動することになっているのだ。
入学式会場である体育館に着くと、やはり周囲から変な視線を受けていたが、妙なことに誰からもちょっかいをかけられることはなく、無事入学式を終える事が出来た。
いや、普通の事なんだけどな。
それはともかく、入学式が終わるとその後は新しいクラスで高校のことについての説明が昼休みをはさみながらLHRで行われ、解散という日程になっていた。
今日の日程を浮かべながらも新しい教室に近づくと、どんどん憂鬱な気分は増していく。
はぁ……嫌だなぁ……。
教室に入ると、案の定よく分からない視線を向けられ、それを俺はなるべく気にしないようにしながら空いてる席に座った。
すると新しい教室で座って早々、いきなり荒木が声をかけてきた。
「おい」
「え!? な、何かな?」
恐る恐るそう尋ねると、荒木は訝しげな様子で訊いてきた。
「お前、誰だよ。見ねぇ顔だな。転校生か?」
「え? えっと……俺は天上優夜だけど……」
「…………………………は?」
荒木は、今まで見たことがないくらい間抜けな顔を晒していた。
だが、それは荒木だけではなく、なぜか教室にいるすべての人間が同じような表情を浮かべている。
「冗談はやめろよ。どう見てもお前があんなクソ豚野郎なわけねぇだろうが。お前、転校生だろ?」
「い、いや、だから、そのクソ豚野郎なんだけど……」
「……いやいやいやいや、意味が分からなさすぎるだろ!?」
荒木は叫んだ。
その声に思わず体をビクつかせるが、荒木だけでなく、教室にいる人間全員が同じことを思っていたようで、みんな目をこれでもかというほど見開いていた。
「は? じゃあ何か? テメェ……整形でもしたって言いたいのかよ」
「そ、そんなお金はないよ。この休みに、頑張って痩せたけどさ」
いや、実際はレベルアップで痩せたんだが、魔物との戦闘を思えば、頑張ったって言ってもいいんじゃないか?
俺がそんなことを考えていると、徐々に荒木が剣呑な雰囲気に変わっていく。
「……そうかそうか。じゃあ、クソ野郎」
あ、豚が取れた。
「昼休み、いつもの場所に来い。こなけりゃ……分かってるだろうな?」
「う、うん……」
……あれ? おかしいな……。
前までは、こうして荒木に睨まれただけですごく恐ろしかったのに、今は戸惑いだけしか感じられない……。
何だろう、荒木が全然脅威に思えないのだ。
…………あ、ゴブリン・ジェネラルとかブラッディ・オーガとか相手にしてたんだから、それもそのはずか。
あっちは確実に殺しに来てたし、何より体格の差が半端じゃない。
荒木は、俺がいつも通りの反応を示さないことに腹が立ったらしく、いきなり俺を殴り飛ばそうとしてきた。
「おい、テメェ……!」
「はい、HRを始めるぞ」
すると、ちょうどいいタイミングで、新しい先生が教室に入って来た。
荒木も、さすがに先生の目の前で殴り飛ばす自信がないらしく、憎々し気に俺を睨みつけると、一言告げて席に戻った。
「昼、覚悟しとけよ」
俺は荒木の言葉に頷くしかなく、再び殴られるであろう昼休みを想像して憂鬱になった。
***
昼、約束通り、俺はいつも暴行を受けていた体育館の裏に来ていた。
体育館の裏に行くと、そこには俺にいつも暴行を加えるメンバー……つまり、荒木とその仲間たちが何人も集まっている。
他にも、見た目が派手なギャルたちも、今から痛めつけられる俺を見るために集まっていた。
「来たな」
「お、おいマジかよ……あれが本当にクソ豚野郎なのかよ……」
「冗談だろ……?」
「い、いや、でも、この場所に来たってことは、あってるんだろ?」
やはり俺の姿に慣れないのか、荒木の周りの仲間たちはコソコソと何かを話している。
「え!? ちょっ……ウソでしょ!?」
「マジで変わりすぎじゃね!?」
「うわぁ……顔面ヤバ……」
ギャルたちも、俺の方によく分からない視線を向け、ヒソヒソと話している。
すると、黙って俺を睨みつけてた荒木が、とうとう口を開いた。
「……場所を教えず、ここまで来れたってことは、テメェはクソ豚野郎で間違いないんだろうな?」
「う、うん。そうだけど……」
「……マジでむかつくぜ。この休みになにがあったか知らねぇが、腸が煮えくり返るほどむかつくわ」
「え……」
何で? 俺、何もしてないのに、なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ?
「でもその顔面をグチャグチャに出来るんなら、関係ねぇな」
「お! 荒木、その考えいいねぇ」
「確かに、マジでむかつく顔してるよな」
おい、俺の顔ってそんなにむかつくのか? 悲しくなってきた……。
「見た目が変わったところで、ザコのクソ豚野郎に変わりはねぇ。んじゃ、いつも通りサクッとボコボコにして、サンドバッグにしてやるよ」
荒木はそういうと、指を鳴らしながら笑みを浮かべ、近づいてくる。
それに合わせて、周囲の仲間たちも俺を取り囲むように陣取った。
ギャルたちは、今から起こる出来事を録画しようと、スマホを構えていた。
恐らく、今までの出来事は最初から録画されていたのだろう。
ああ……そうやって俺の失態をとって、ネットに拡散して楽しみたいんだろう。
荒木たちも、理不尽な理由で俺を殴ろうとしてるのだ。
そう思った瞬間、今まで考える余裕もなく、ただ自身に降りかかる暴行の嵐に怯えていただけの俺に、初めての感情が沸き上がった。
――――どうして俺は殴られなきゃいけねぇんだ?
荒木たちとは特に関りがあったわけでもなく、クラスでも特別変な行動はしていない。
純粋に勉強して、その日の生活費を稼ぐためにバイトをしてただけなのに、なんでコイツ等は俺が生きようとすることを邪魔してくるんだ?
もう嫌だ。
俺はただ、じいちゃんの約束を守りながら、真面目に生きたいだけなのに――――。
荒木は、俺の顔から表情が無くなっていくのを見て、俺が絶望したんだと感じたのだろう。
すぐに残酷な笑みを浮かべ、勢いよく殴りかかって来た。
「んじゃあ、まず一発――――がへ?」
気づけば、俺は荒木を殴っていた。
殴られた荒木は、すべての歯が折れ、錐もみ回転しながら吹っ飛んでいく。
鼻の骨も砕けたのか、鼻血が止まることなく流れ続け、荒木は呆然としていた。
「い、いあ、あ、え? い、いはい。い、いへぇえええええええええ!?」
本気で殴っていなかったからか、荒木は気絶することなく、自身の身に起こった出来事を認識して、泣きながら絶叫した。
「お、おへのは! おへのはなは!? な、あ、うわあああああああっ!」
「あ、荒木!? て、テメェ!」
仲間たちも、荒木の姿に呆然としていたが、正気に返るとすぐに殴りかかって来る。
……何というか、遅く、稚拙。
ゴブリン・ジェネラルたちの攻撃は、一撃一撃に殺気が込められていて、鋭く巧かった。
それなのに、荒木たちの攻撃はメチャクチャ遅く、正直今までこんな攻撃を受けて何でダメージを受けてたんだろうとさえ感じてしまった。
事実、俺はあえてその仲間の一人の攻撃を鳩尾に受ける。
だが、案の定、まったく痛くもなかった。腹筋に力すら入れてないのにな。
「な、ど、どうし――――」
言葉を言い終わる前に、俺は仲間の側頭めがけて回し蹴りを叩き込んだ。
すると、蹴りを受けたヤツは、他の仲間の方へすごい勢いで飛んでいき、他の仲間を巻き込んで大きく吹っ飛んだ。
「え? あ、は?」
残った数人の仲間たちは、一気に他の仲間がやられたことで再びフリーズしている。
その隙は、異世界じゃ死を意味するだろう。
ここ、地球だけどさ。
だが、俺はその隙を逃さない。
というより、俺は怒っているのだ。
今までの理不尽に。
そして、その理不尽にどうすることもできなかった俺自身に。
初めて沸き上がった感情だからこそ、俺は抑える術を持てなかった。
だから、俺は勢いに身を任せ、荒木たちを殴ったのだ。
俺は、未だにフリーズしてる仲間に近づき、その一人を片手で持ち上げると、他の仲間めがけて投げつけた。
後になって冷静な状態で考えると、軽々と成人してないとはいえ男を掴み上げ、その上投げつけるとかどんな化物だよと思った。
とにかく、俺を虐めようとしてた連中は、全員ボロボロになって地面を這いつくばっている。
しかし、俺の気分はまったく晴れなかった。
怒りの気持ちも収まっていないが、こうして荒木たちを殴ったところで、俺の気分は晴れなかったのだ。
俺は無理やりその気持ちを押し留め、この光景を見ていたギャルたちに向き直る。
「ひっ!?」
すると、ギャルの中の何人かは涙目になり、そして漏らしていた。
その光景に少し冷静になった俺は、再び地面に転がる荒木たちを見る。
「ひぃぃぃぃぃいいい!?」
すると、気を失っていない荒木を含めた何人かは、ズボンにシミを作って、泣きじゃくっていた。
その姿で完全に冷めた俺は、今日は学校どころじゃないなと思い、荒木たちを放置して一人で教室に帰ると、そのままカバンを持って無断で帰宅するのだった。
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