第52話
今朝のホームルームで沢田先生が言っていた球技大会に向け、今から行う体育の授業はその事前練習に当てられることになった。
種目はサッカー、バスケ、ドッジボール、テニスの中から一人一つ選び、クラスのチームを決めるらしい。
それぞれの種目の1位は10点、2位は5点、3位は3点となり、それ以外は1点で集計し、最終的に得点の高かったクラスが優勝となるようだ。
男女別で対戦するとはいえ、集計時は合計になるので、もし全種目1位だった場合は80点となる。
「さて、今日は球技大会の種目であるサッカーをしてもらう。チームはこっちで適当に決めたから、そのチームで動け。ポジションとかはチーム内で決めるように。あと、先に言ってしまえば次の体育の授業ではバスケをするからそのつもりで」
『はーい』
体育の担当である大岩先生の言葉に、全員が元気よく返事をした。
大岩先生の発表したチーム分けを見ると、亮と慎吾君の二人と同じチームになれたが、晶は敵のチームとなった。
「同じチームだな。頑張ろうぜ!」
「ぼ、僕はそんなに役に立たないけど……頑張るよ」
「俺はそもそもサッカーのルールを知らないからなぁ」
小学校や中学の時にもサッカーはあったが、詳しいルールを説明されたことはない。まあルールなんてあってないようなもんだったし。
しかも、学校側は幼少時からサッカーや野球をして遊んでる前提で教えてくるため、本当にサッカーや野球をして遊んだことのない俺はルールが一つも分からないのだ。調べたらいいのかもしれないけど、興味なかったからなぁ……おかげでメチャクチャ馬鹿にされたっけ。
思わず遠い目をしていると、亮たちも俺の発言に目を開いていた。
「優夜、ルール知らないのか?」
「うん……昔から外で遊んだりしなかったし、学校でも習わなかったからね」
「そうか……なら、キーパーは分かるか? ゴールの前に立って、相手が蹴ったボールを取ればいいんだが……」
「あ、それは分かるよ。でもなんかどこからどこまでが手を使っていいとかは分からないなぁ」
キーパーもただボールをとればいいってわけじゃなく、位置によっては手を使ってとちゃダメな場合もあるらしい。よく分からん。
すると亮は親切にコートまで移動し、とある線を指した。
「この線の中までなら手を使っても大丈夫だぞ。それで、もし詳しいルールが分からないんなら、今回はゴールキーパーとして参加してみないか?」
「俺がキーパーでもいいの?」
「おう。完璧にとは言い切れないが、なるべくゴールに近づけさせないようにするからよ」
亮は白い歯を見せて笑った。うん、相変わらず男前だ。
「じゃあ、今回はキーパーをしようかな」
「ぼ、僕はその近くにいるし、時間があればその都度ルールを教えるよ」
「本当? ありがとう!」
慎吾君は運動が苦手なのが分かっているため、前回のサッカーの時もゴール付近にいたし、だからこそ時間があれば俺にルールを教えてくれるそうだ。本当にありがたい。
しかも今回は味方に亮がいるのでかなり安心して授業に臨める。
そうやって俺以外にもポジションやら動きやらを確認していると、ついに試合が始まった。
案の定、亮はボールをキープするとすさまじい勢いで敵陣地に突っ込んでいく。
「だああああ! マジで亮が強すぎる!」
「ここで絶対に止め――――あ、抜かれた」
「抜かれるの早すぎるだろ!?」
快進撃を続ける亮だが、途中で殆どの人間に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「くぅ……! こうなると動けねぇ……!」
「ハハハハ! どうだい!? 王星学園の貴公子であるこの僕の足さばきは!」
「いや、晶! 亮のボール狙うのはいいが、その動き俺らからしてもなかなか邪魔だぞ!?」
かなり距離があるが、異世界でレベルアップしたおかげで上昇した視力で、亮たちの激しいボールの奪い合う光景が目に入った。
だが、さすが亮と言うべきか、相手の隙を見つけると近くの仲間にパスを出し、一気に攻め始める。
そしてそのまま仲間同士でパスを回して相手を攪乱すると、そのままゴールを決めた。
「よっしゃあ!」
「クソッ! 亮が強すぎる……!」
「球技大会の時は味方だからいいけど、敵に回るとウザすぎるだろ!」
確かに球技大会って面から見れば、俺たちは全員仲間なので、これ以上心強い味方はいないだろう。
その後も亮は最初の発言通り、俺の守るゴールに相手を寄せ付けず、どんどんシュートを決めていった。
「おお……本当に亮が無双してる……」
「あはは……他のクラスや先輩たちには亮君と同じかそれ以上の人もいるみたいだけどね」
「マジで!?」
「うん。サッカー部は全国大会とか常連だよ?」
たった今、目の前で無双を続ける亮以上が存在しているかもしれないという事実に、俺はただただ驚愕する。
王星学園ってエリートの通う場所って認識はあったけど、そんなにスポーツも強いのか……。
慎吾君の情報に驚きながら遠くの皆を見ていると、ちょうど休憩なのか、女子たちが応援しにやって来た。
「うわー! 亮君、無双じょうたいだねー」
「ちょっと他の男子たち! もっとしっかりしなよ!」
「頑張れー!」
すると楓が俺と慎吾君に気づき、飛び跳ねて手を振った。
「あ! 優夜君と慎吾君だ! おーい!」
「「ぶっ!?」」
その瞬間、大きく揺れた楓の胸に、俺も慎吾君も噴出して急いで視線を外した。
だが、コート内で激しい戦いを繰り広げていた男子たちはそんな楓を食い入るように見つめる。
「ぬおおおお! 揺れている、揺れているぞ……!」
「あんな場所に桃源郷が……」
「サッカーやめて、観察会しない?」
「バカなのか!? 今試合中なの分かってる!?」
敵味方関係なく鼻の下を伸ばす男子たちに亮も戸惑い、女子たちは呆れた表情を浮かべた。
「まったく、男どもは……まあ楓の胸が大きいのは認める」
「へっ!? 何の話!?」
「……楓はちょっと無防備すぎると思う」
「そうだぞ! この歩くおっぱい兵器め!」
「凛ちゃん、酷くない!? って……あっ……何を……!?」
「「「ブハアアアアアアアアアア!」」」
凛が悪ふざけなのか楓の胸を揉み、その姿を見ていた男子たちはほぼ全員鼻血を噴いて倒れた。
俺はレベルアップした身体能力をフル活用して目を逸らしたので、被害に遭うことはなかった。……まあ顔がすげぇ熱いんだけどね!
「ゆ、優夜君……ごめん、僕……もう無理……」
「慎吾君!? 慎吾くぅぅぅぅううううん!」
慎吾君も他の男子と同じで大変刺激的な光景をしっかり見てしまったらしく、顔を真っ赤にしながら鼻血を噴き、その場に倒れた。
阿鼻叫喚となるコート内で、顔を赤く染める亮が頬をかく。
「あー……今のうちに攻めるか」
そして何度目になるか分からないシュートを亮は決めた。
「さすが楓ね。男子たちほぼ全滅じゃない」
「……悩殺だね」
「~~~~! 凛ちゃんッ……!」
「ごめんごめん! ほら、とりあえず男子たちの応援しよ?」
「どんな顔して応援すればいいわけ!? ああ……恥ずかしい……」
「……男子ー。頑張れー」
楓たちも楓たちで非常に盛り上がっていた。うん……楽しそうで何よりだ……何人もの男子が犠牲になったけどさ……。あと雪音の応援、メッチャ気が抜けそうになるな。
改めて女子たちが応援し始めると、倒れていた男子たちはフラフラになりながらも立ち上がる。
「ふ……ふふふふふ……聞こえる……聞こえるぞ……天使たちの声が……!」
「ああ……力が湧き上がってくる……」
「この調子なら、もう亮のヤツに後れは取らねぇ……!」
非常に分かりやすいもので、女子たちの声援を受けた男子たちの目には激しい闘志が宿っていた。
そして再び試合を再開させると、今まで以上に動きがよくなった晶が、亮のボールを奪った。
「しまった……!」
「あはははは! どうだ! 僕を応援してくれる女の子がいる限り、僕は無敵なのさ!」
理論は無茶苦茶だが、実際晶はすさまじいボールさばきで俺の味方の攻撃をかわし、どんどんゴールに近づいてくる。
「くらえ、優夜! この【サッカーの貴公子】と謳われた僕のシュートを……!」
前回の授業の時はあらぬ方向に蹴飛ばした晶だったが、今回は俺の守るゴール目掛けて強烈なシュートを放ってきた。
しかも普通の人であればキャッチするのが困難な速度で俺めがけて飛んできたのである。
「わわわ! ご、ごめん、優夜君! これは無理……!」
あまりの速度に復活した慎吾君は早くも退避し、誰もキーパーである俺の前に立つ者はいない。
応援に来てくれた女子たちの中には悲鳴を上げ、男子たちも軽く驚く中、俺は静かに右腕を真っすぐ出した。
「ん……うん、とれた」
「……へ?」
その場から動くことなく、俺は右手だけでボールをキャッチした。
まさか片手だけで止められると思ってなかったのか、晶だけでなく全員目を見開いていた。
同じように呆然としている亮に、俺は尋ねる。
「これ、ボールをとったらどうしたらいいの?」
「あ、ああ……俺らの誰かにパスしてくれればそれでいいぞ」
「オーケー」
亮の言葉に従い、俺は近くにいた仲間に投げた。
そして試合が再開すると、また晶がボールを奪い、もう一度ゴールを狙いに来る。
「今度こそは決めるぞ……!」
「させねぇよ……!」
「亮!? くっ!」
今度は抜かれまいと守る亮に、晶は焦ってシュートを放ち、ゴールから少し外れた位置をボールが過ぎていった。
「だああ! 亮が強い!」
「へへ。二度目はさすがにそう簡単にシュートを打たせるわけにはいかないからな。ってわけで、ほれ」
「え?」
ボーっと亮たちのやり取りを見ていると、亮が俺にボールを渡してきた。
「ゴールキックって言って、このライン内で優夜が遠くにボールを蹴ってスタートさせるんだ。まあキーパーじゃなきゃダメってわけじゃないがな」
「へぇ……分かった」
亮はそれだけ伝えると晶と一緒に離れていく。
うーん……とりあえず、遠くに蹴ればいいんだな?
でも蹴るなら相手のゴール付近がいいだろうし……。
亮に教えられたラインから出ないように注意しつつ、俺はボールを蹴った。
「ほっ」
その瞬間、空気が揺れた。
「「「ぎゃああああああ!」」」
「…………あれ?」
すさまじい速度のボールはまるで衝撃波のようなモノを放ち、ボールが通り過ぎるたびに近くにいた男子たちが吹き飛ばされていく。
誰もが驚く中、最終的に相手のゴールキーパーを巻き込んで俺の蹴ったボールはそのままゴールネットを揺らした。
…………。
「……これ、得点になるの……?」
『今それ気にする!?』
全員からツッコまれるのだった。
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