第73話
「はぁ……はぁ……」
「あの……大丈夫?」
全員との模擬戦が終わったあと、ルルナを除く【明星の旅団】の全員はその場で倒れ込んでいた。
「あ、あり得ねぇ……あれだけ動いてなんでケロッとしてんだよ……」
「体力が……違い過ぎる……」
最初はグレイドとシルディの二人との手合わせの予定だったのだが、ここでダンも参加したいと口にしたため、結果として回復職のルルナ以外は全員戦うことになったのだ。
グレイドは俺を見ながらびっくりしているが、俺だって当然疲れている。
だけど、ウサギ師匠と訓練するようになったり、空夜さんの指導の下、妖力を使いこなす訓練の傍ら、【大魔境】の魔物と戦っていたら自然と体力がついたのだ。
「でも……まあ……思った通り、俺たちにはいい訓練に……なったな……」
「そ、そうだね……どうしても上のランクに行くと傲慢になりがちだからね……そういう意味でも……ここで上がいることを知れたのは……よかったよ……」
倒れたまま、ダンは苦笑い気味にそう言うが……。
「えっと、S級の冒険者って傲慢なの?」
シルディたちとこうして接している俺からすると、あまり想像がつかなかった。
だが、そんな俺に対し、ダンと同じくS級のフィアンナが答える。
「別に全員が傲慢だとは言わないけれど、どうしても力がつくと……ね。私たちとしては、そうならない様に気を付けたいところだけど、こればかりは未来の話だし、分からないわ」
「そうか……」
そんなことを今の段階で気にしているグレイドたちなら、特に問題ないんじゃないかなぁとも思うが、これはそれぞれの気持ちの問題だろうし、俺が何かを言うこともない。
そんなことを思っていると、息が整ったのか、グレイドたちは起き上がり始めた。
「ま、どうであれ、こうして俺たちはユウヤに手も足も出なかったんだ。傲慢になりようがねぇよ」
「その……ちゃんと皆の役に立ったんだろうか?」
「もちろんだ。ユウヤのおかげで、私たちは格上との戦闘の経験を積めたし、何より技を本気でぶつけてもちゃんと対応してくれたからね。普段あまり私たちが本気で技をぶつけるような機会はないからこそ、いざというときに使えなかったら困る。だからこそ、ユウヤが受け止めてくれる安心感があったから、私たちは普段使えない技の訓練になったわけだ。ありがとう」
シルディの言葉に続く形で、グレイドたちも頭を下げたため、俺は慌てる。
「そんな! こちらこそ、対人戦の経験が少ないから、とてもいい経験になったよ! 受け止めると言っても、何度もグレイドたちの視線? や仕草? に騙されたし、本当にありがたかった」
グレイドたちとの模擬戦の中で、彼らはスポーツなどでも使われるフェイントをたくさん織り交ぜてきたのだ。
それはまさに経験からくる動きで、そんな熟練した技術を持つ相手と戦ったことのない俺にとって、とてもいい刺激になったし、本当にありがたかったのだ。
俺も皆に頭を下げると、シルディたちは気にするなと笑ってくれた。こういうところが大人の余裕って感じがする。いいなぁ。
すると、グレイドがふと何かを思い出した様子で続けた。
「ああ、そうだ。ユウヤなら心配いらねぇとは思うが、人攫いに気をつけろよ?」
「人攫い?」
「ああ。最近、この街の近くで人攫いや盗賊が出没しているらしい。俺たちもS級昇格試験の後、その調査のために駆り出されるはずだ」
「人攫いって……本当に人を攫うの?」
あまりにも現実味のない言葉に、俺はついつい聞き返してしまう。
もちろん地球でも完全にないワケじゃないが、身近ではないのは確かだ。だからこそ、なんてこともないように告げられたその言葉に動揺を隠せない。
「そりゃあな。攫った連中は他国で奴隷として売られるか、盗賊どもの慰み者になるかのどっちかだろうよ」
「そんな……」
生々しい話に、異世界の厳しさを突き付けられる。
だが、グレイドたちは変わらぬ様子で続けた。
「ま、そういった被害が少なくなるよう、定期的に俺たち冒険者が駆り出されるのさ。この国は奴隷を禁止してるし、特にそういったことに力が入ってるから、国の兵士も定期的に巡回しちゃあいるが、それでも手は足りねぇからな。本格的に活動しないとはいえ、冒険者なら知っといて損はねぇぞ」
「そうね。さっきのグレイドの言葉じゃないけど、ユウヤは攫われる心配はないにしても、これだけの実力を持ってるんだし、いつかは私たちと同じように盗賊や人攫いの討伐依頼を受けることもあるかもしれないわね」
「討伐……」
フィアンナの言葉に、俺は何とも言えなくなった。
討伐というからには……人が死ぬことも当たり前にあるんだろう。
今日の模擬戦で対人戦の経験は積めたが、それでもあまり人と戦いたいとは思わなかった。
俺のエゴだってのも理解できてるけど、どうしても魔物と人間とでは分けて考えてしまう。
「とにかく、お互いに気を付けようぜって話だよ。そう暗い顔すんなって」
「……うん」
俺の表情が曇ったことに気付いたグレイドが、話を変えるように明るくそう告げるのだった。
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