第74話
【明星の旅団】との訓練を終えた後、少し会話をしたのち、彼らは件の人さらいについての調査の準備などがあるということで、解散することになった。
俺も魔道具に関しての用事も終わったので、ひとまず帰ることに。
人目に付かないところで転移魔法を使えば一瞬で帰れるが、やっぱり久しぶりに【大魔境】の外に出たので、少し景色を堪能しながら帰ることにした。
「何度も思うけど、やっぱりこの世界って空気が美味しいよなぁ」
「わふ?」
「ふご」
俺と違い、もともとこの世界出身のナイトとアカツキには分からない感覚かもしれないが、やっぱり地球とは空気の質が違う気がする。
もちろん日本にも自然豊かな場所はたくさんあるけど、この世界に来ちゃうと息のしやすさとか段違いなのだ。何というか、スルスルと空気が体に入ってくるというか……。
まあ地球とは違って、この世界には魔力という未知の力もあるわけだし、そこらへんも関係してるのかもな。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐに【大魔境】の入り口までたどり着いた。
とはいえ、さすがに【大魔境】の入り口から歩いて帰るのは面倒なので、ここからは転移魔法で家まで帰ることに。
早速魔法を発動させ、家に帰ろうとすると……。
「……ん?」
何やら騒々しい気配がこちらに近づいていることに気付いた。
それは【大魔境】の方からやって来ているようで、このままだと俺とちょうどぶつかる。
「なんだ? まさか、【大魔境】の魔物が外に出ようとしているのか?」
初めてシルディたちと出会ったときは、【大魔境】の定期調査とやらのためにやって来ていたって話だったが、やはり定期調査をしないとこうして森の外に出る魔物が出てくるんだろうか?
シルディたちの反応からすると、【大魔境】の魔物はちょっと普通じゃないくらい強いみたいだけど、そんな魔物が外に出たら大変だよな?
そういうことが起きないように定期調査で間引きみたいなことをしているのかもしれないが、それにしたって【大魔境】の近くに街がある以上、もっと大事になってたり、見張りの兵士がいたっておかしくない。
でもそんな姿は一切見えないし、魔物が外に出ない何か理由があったりするんだろうか? だとすると今この近づいてきている気配は?
あれこれ考えてみるものの、答えが出ないが、気配はどんどん近づいてくる。
俺はすぐに迎撃できるように武器を構えていると……【大魔境】から人が出てきた。
しかも一人ではなく、何人もいる。
「え?」
まさか人間が出てくるとは思わず呆気にとられていると、その集団は必死の形相で走っていた。
「ハァ……ハァ……クソっ……! この森はどうなってやがる!」
「だから言ったじゃねぇか! 【大魔境】は避けろって!」
「だがここなら警備兵の連中に見つかる心配もねぇだろ!?」
「その代わり商品失ってたら意味ねぇだろ!」
「知るか! どうせあんな気色悪いの売れやしねぇよ!」
「テメェら、口を動かす暇があるなら足を動かせ! とにかくこの森から離れるぞ!」
「クッソォ! せっかくの希少種が……!」
【大魔境】から出てきた男性たちは俺のことは見向きもせず、そのまま横を通り過ぎると街の方まで駆け抜けていった。
その姿を思わず見送った俺だったが、すぐに【大魔境】へと意識を戻す。
理由は分からないが、あの男性の様子を見るに、【大魔境】の魔物から追われていたはずなのだ。
だが……。
「?」
「わふ」
「ふご」
警戒しながら入り口を見つめてみたが、一向に魔物が現れる気配がない。
「変だな……あんな風に逃げれば、魔物が追ってきそうなもんだけど……」
やっぱりこの森の魔物は他とは違うんだろうか? それとも【大魔境】という環境が特殊で、魔物が出てこない何かカラクリがあるんだろうか。
「それよりも、なんだか気になること言ってたな……」
逃げていった男性たちは冒険者っぽくなく、会話のすべてを聞き取れたわけじゃないが、商品がどうとか言っていた。
もしかしたら、あの人たちにとっての大切な商品を犠牲にして、逃げてきたのかもしれない。
せっかくだし、その商品を持って街に行けば届けられるかな? 街まで向かったのかは分からないけど。
「ナイト、アカツキ。家に帰る前にちょっと探索してもいい?」
「わふ!」
「ふご」
二人からの了承も得られたところで、俺は早速【大魔境】に入る。
もしかしたらさっきの男性たちの荷物が荒らされてたらいけないので、少し急ぎ足で移動すると、【気配察知】のスキルに反応があった。
「ん? なんか気配が固まってるな……」
可能性としては、魔物の群れが彼らの荷物を漁ってたりするかもしれない。ゴブリン・エリートたちなんかは武器も器用に使うし、そういった知能もありそうだ。
【同化】スキルを発動させ、警戒しながら気配の集まる場所に向かう。
「な――――」
――――そこに広がっていたのは、魔物と人々の死体だった。
手足が千切れ、内臓が飛び出し、無残な姿で転がる人間の死体。
あまりにも惨いその光景に、普通なら耐えられず吐いてしまうのだろうが……俺は不思議と冷静だった。
魔物を初めて倒したときは色々なことで気が動転し、よく分からなかったというのもあるが、二度目の討伐でも多少思うところはあったが、大きな嫌悪感や吐き気などはなかった。
果たしてこれが、レベルアップをした結果なのか分からない。
だが、肉体が変化したのと合わせて、精神面も大きく変わっていてもおかしくなかった。
なんにせよ、初めて見る人の死体が、ここまで悲惨なものだったにもかかわらず、こうして冷静でいられるのは有難い。
死んでしまったのは彼らの仲間だったんだろうか?
周囲には木片や何やら檻? らしきものが散らばっている。何を運んでたんだ?
息をひそめて周囲の様子を見ていると、魔物――――ゴブリン・エリートたちが声を上げた。
「グギャギャギャギャ!」
「ひっ!」
「!?」
今、かすかに人の声が聞こえた!
慌ててゴブリン・エリートたちが見つめる先を追うと、木を背に、絶望した表情を浮かべる女性の姿が!
しかも、ゴブリン・エリートの一体が手にしている剣を振り上げ、まさにその女性に振り下ろそうとする寸前だった。
「ナイト、アカツキ!」
「わふ!」
「ふご」
ただ呼びかけただけで俺の考えをくみ取った二人は、すぐさま動き始める。
「ウォン!」
「グギャ!?」
突如背後から襲い掛かったナイトに、ゴブリン・エリートたちは驚くと、女性から視線を外す。
その隙に俺はアカツキを抱きかかえ、【同化】を発動させたまま女性の下まで移動すると、アカツキを降ろして女性とゴブリン・エリートたちの間に立つ。
「グギャ!?」
ゴブリン・エリートたちからすると、いきなり俺が女性の前に現れたように見えただろう。
ただ、その驚いている隙を逃さず、俺は【全剣】を取り出すとゴブリン・エリートたちを倒していった。
「な、なにが……」
「ふご」
「え!?」
俺が戦っている後ろでは、アカツキが【聖域】や【浄化】スキルを発動させ、女性を回復させている。
ちゃんとは確認できていいないが、一瞬見ただけでもだいぶボロボロだったからな。
事情を確認しようにもゴブリン・エリートたちを倒さないとどうしようもないので、俺はすぐにナイトと協力してゴブリン・エリートたちを倒し終えた。
「ふぅ……あの、大丈夫ですか?」
「あ……」
周囲を警戒しながら呆然としている女性に話しかけると、俺は女性の姿に驚いた。
というのも、ボロボロの衣服に首には何やら鎖がついた首輪が付けられ、さらに皮膚には緑色に変色しているイボがたくさんあったのだ。
何かの毒を受けたせいで皮膚が変色しているんだろうか? でもアカツキのスキルを受けたはずだし……。
ひとまずここに留まっているわけにもいかないので、俺は相手が怖がらないように気を付けながら声をかけた。
「えっと、ひとまずは移動しましょう。街まで送り――――」
「ま、街はダメ! 街は……ダメ――――」
「へ!? ちょっ!?」
急に力が抜けたように倒れる女性を、俺は慌てて抱き留める。
本当に毒で倒れたのかと慌てるも、呼吸などに異常は見られず、ギリギリ意識をつないでいるようだ。
「ま、街……は……嫌……」
「ええっと……あ、そうだ! 『完治草のジュース』なら、どんな病気も治せるはずだ」
俺はナイトに周囲の警戒を頼みつつ、すぐさまジュースを取り出すと彼女の口元に運ぶ。
すると彼女は朦朧とする意識の中、何とかジュースを飲んでくれたため、ひとまず安心だ。
だが……。
「え? なんで!?」
どんな病でも治す『完治草』を使っているにもかかわらず、女性の皮膚の変色やイボは治らなかった。
そのことに慌てるも、女性はついに意識を保てなくなったようで、そのまま気を失う。
幸い呼吸は正常のようで、すぐさま体調が急変したりしなさそうだ。
本当ならこのまま街に連れていくつもりだったのだが、彼女は最後まで街はダメだ、嫌だと呟き続けていた。一体何なんだ……。
『完治草』が効いたのかどうか分からない今、街に行っても彼女を治す術がない可能性の方が高い。
「うーん……仕方ない……放っておくわけにもいかないし、一度賢者さんの家で寝かせておくか……俺一人で考えても仕方ないし、空夜さんにも相談しよう」
【大魔境】の入り口ですれ違った男性たちの荷物は、もう荒らされていて回収できそうにもないので、諦める。
俺は気を失った彼女を抱きかかえると、すぐに転移魔法を使って家まで帰るのだった。
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