第75話
「空夜さん!」
「ん? おお、優夜、帰ったか……って、その女子はどうしたんじゃ?」
転移魔法で家まで帰ると、空夜さんはリビングでゴロゴロしながら家にあったお菓子を食べていた。
何ていうか、俺の家ってテレビもないし、相当暇だったんじゃ……明日にでも買いに行こうかな。
それはともかく、俺は今日の出来事を空夜さんに説明した。
「なるほどのぉ……随分と色々なことがあったみたいじゃな。それにしても、街には行きたくないとは……衣服を見るに、人の街で何かあったのかの」
「え?」
「よく見てみるんじゃ。麿は異世界の街を見たことがないので何とも言えんが、この女子の服はどう見ても普通ではないじゃろう。ただの襤褸切れではないか」
「言われてみれば……」
全然意識していなかったが、女の子の格好はとてもボロボロで、てっきり【大魔境】の魔物に襲われたからボロボロになったんだと勝手に思っていた。
だが、ちゃんと確認すれば元々ボロボロの服を着ていたことが分かる。
それくらい服が汚れているのだ。
「……その首輪、よくないの。優夜の話を鑑みるに、その女子は人攫いの商品だったのじゃろう」
「やっぱり……」
空夜さんに説明する中で徐々に俺も気づき始めていたが、あの時【大魔境】の入り口ですれ違った人たちは人攫いで、この子やあの場で死んでしまった人たちは攫われた人だったんだろう。
「もちろん、優夜の話を聞く限りじゃが、死んでしまったのは攫われた子だけではないじゃろう。その外道も少なからず手痛い目に遭っているはずじゃ。まあそれでも生ぬるいと思うがの」
「はい……」
「それよりも、その首輪は外してやるほうがいいの」
「そうですね……ってあれ? この首輪、鍵穴とかないですけど……」
手持ちにこの首輪の鍵はないが、それでも鍵穴のない首輪はどうやって外せばいいのか全く分からなかった。
だが、空夜さんはこの首輪を見て、眉をひそめる。
「それは普通の首輪ではない。妙な術が仕掛けられておるのぉ……」
「妙な術ですか?」
「そうじゃ。どうやらこの世界の魔力とやらが鍵となり、外したりできるようじゃの。それに、無理に外そうとすればこの女子を苦しめるよう術が仕組まれておる」
「そんな!?」
「まったく、見れば見るほど外道の所業じゃのぉ。これを付けられたが最後、自力での解放はおろか、拘束した人間の許可がなければ一生外れることはないの」
「……」
異世界にそんな恐ろしい道具があることに、俺はただ愕然とする。
「それだけではないようじゃ。これが付けられている間は自身の魔力も力も封じられ、まともに動くこともできんじゃろ」
「っ!?」
そんな悪魔のようなアイテムが存在する事実に、俺は何も言えなかった。
……いや、こうして人攫いに使われるから悪いように思えるけど、犯罪者を確実に拘束する道具として考えれば、悪いものではない。
結局のところ、どんな道具も使用者の扱い方一つで良くも悪くもなるのだ。銃や包丁と一緒だな。
「それじゃあ……この子の首輪はこのまま何ですか?」
思わずそう口にすると、空夜さんはとても頼もしい笑みを浮かべた。
「そんなわけないじゃろう?」
「え?」
「麿に任せなさい」
空夜さんはそれだけ言うと、人差し指と中指を立て、まるで陰陽師のような印? を結び始めた。
「……陰陽師みたい……」
「いや、麿それが本職じゃからね!? 正確には妖術師じゃが……ま、まあよい」
そんなやり取りをしていると、女の子のに付けられた首輪にひびが入り、そのまま砕け散った!
「すごい!」
「そうじゃろそうじゃろ、すごいじゃろ! もっと麿を褒めてもいいんじゃぞ?」
「本当にすごいですよ! こんな人がご先祖様だなんて……尊敬します!」
「う、うむ。本当に褒められるとは思わんかったぞ……」
「え?」
なんでだろう。実際本当にすごいんだし、無理だと思っていたことをこんなにアッサリ解決しちゃうんだから、尊敬するのは当然だと思うけど……。
それに、空夜さんってちょっとしたお茶目でさっきみたいなことは言っても、本気で自分がすごいってことを主張しない。本当に謙虚な人だなって思う。
だからこそ、尊敬できるし、王星学園の理事長である司さんと並んで目標となってる大人だ。
「でもどうやって首輪を外したんですか? 無理やり外すと女の子が苦しむって……」
「単純な話じゃ。妖力で解放したんじゃよ」
「妖力で!?」
「そうじゃ。この首輪は外部からの魔力による干渉や装着された本人の魔力すら防いでしまう道具じゃが、妖力はその対象になっておらん。まあこの世界に妖力という概念がないんじゃろうな。じゃから、その妖力を使い、女子を苦しめる術を阻害しつつ、そのまま力業で破壊したんじゃよ」
「な、なるほど……」
まだまだ妖力を使いこなせていない俺からするとすごい話だ。妖力も魔法と同じくらいなんでもできるんだな……。
「ちなみにじゃが、この首輪は魔力や筋力などは封じ込めても、妖力は封じることはできん。つまり、麿や優夜がたとえこの道具で拘束されようとも、特に苦労することなく脱出できるじゃろう」
「そ、そうですか」
そんな状況がこないことを祈りたいが、用心するに越したことはないもんな……。
「あ! あと、この子……皮膚が緑色に変色していたり、大きなイボがたくさんあるんですけど、これって何なんですかね? 一応、異世界の万能薬を飲ませたんですけど、何も変化がなくて……」
『完治草のジュース』を飲ませたのに、何の変化もなかったことから、もしこれが体に悪いものなのだとすればどうしたらいいのか……そう考えて、空夜さんに聞くと、空夜さんは目をしばたたかせる。
「そりゃそうじゃろう。それはその子本来の姿じゃからな」
「え?」
「つまり、その皮膚もイボも、その子の体の一部じゃ。鳥でいう翼や、動物の尻尾みたいなもんじゃよ」
「ええ!? も、もしかしてこの子、人間じゃないんですか?」
「そうじゃの」
まさかの事実に俺は驚く。
なら俺、めちゃくちゃ失礼なことを口にしてたぞ……。
勝手に女の子の皮膚の特徴を悪いものだって決めつけてたわけだし。
「この子の目が覚めたら謝りますね……」
「まあ基本的な部分は人間と同じじゃしの。勘違いしても仕方ない」
空夜さんは俺の様子に苦笑いしながらそう言ってくれるが……はぁ……やっちゃった……。
ひとまずやってしまったことを引きずっても仕方がないので、一度気持ちを切り替える。
「ふぅ……それにしても、この子はどんな種族なんでしょうね」
「さあのぉ……こればかりは麿にも分からん。それこそ優夜の方が詳しいんじゃないかの?」
「うーん……さすがに見たことないですね……」
獣人と呼ばれる犬や猫といった動物の特徴を体に持つ人なら街で見かけたが、この子のような特徴を持つ人は見たことがなかった。
「人攫いに攫われたんだとすれば、この子の両親や知り合いが探していると思うんですけど……」
「聞き込みをするにしても、慎重にした方がいいじゃろう。攫われたということは、この子に何かしらの価値を見出したから攫ったんじゃ。まあ手あたり次第って可能性もあるが……情報を探るうえで、この子のことが広まり、結果的にまた危険な目にあっても仕方ないじゃろう?」
「そうですね……」
とするなら、まずは図書館で種族のことが分かる何かを探し、それでもダメだったら【明けの明星】の皆に聞いてみよう。今回の人攫いの討伐隊に選ばれてるわけで、悪いようにはならないはずだ。
もう一度異世界へ向かう理由ができた俺は、ひとまず女の子を異世界の賢者さんの家に寝かせ、目覚めるのを待つことにするのだった。
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